PROFILE
フリー編集者・ライター クシダユリ
南山梨の情報を発信するフリーペーパー『南山梨 HuMaN』の制作を手掛け、早川町の広報誌などにも関わっています。地域に密着したコンテンツ制作を通じて、地元の魅力を広めることに情熱を注いでいます。
山梨県市川三郷町・六郷は、日本でも有数のハンコの産地として知られる地域。
これまでハンコに特別な関心を持っていなかった私ですが、実際に作ってみたことで、その見え方が少し変わりました。
この体験を通して感じたことをお伝えします!
ハンコの町として知られる市川三郷町「六郷」
山梨県市川三郷町の六郷地区は、古くから印章の産地として知られています。
なぜこの土地でハンコづくりが発展してきたのか、そしてハンコとはそもそもどんなものなのか。
ここでは、六郷とハンコの関係について、簡単にご紹介します。
そもそも「ハンコ」とは
日常的には「ハンコ」ということが多いと思いますが、名前などを彫った本体そのものは「印章」といいます。
さらに、名前などが彫られている面は「印面」、押印して書類などに写されたものは「印影」と呼ばれています。
例えば、書類を指差して「ここにハンコを」というと、それは「印影をください」という意味で、「ハンコを持ってきて」といえば「印章を持ってきて」ということになります。
「ハンコ」と一言でいっていても、実は細かく名称が分かれているのはおもしろいですよね。
この記事では、以後「印章」のことを、親しみやすい言い方で「ハンコ」と表記していきます。
六郷はなぜハンコの町?
六郷地区でハンコづくりが発展した背景には、山梨で古くから水晶が産出され、その加工が行われてきたということがあります。
そうした加工の一つとして印章も作られるようになったといわれており、明治初期に印鑑制度が広がるとともに、水晶を使った印章づくりがさらに発展していきました。
もともとこの地域では足袋の行商が行われており、その販路を通じて印章も全国へ広まっていったのだとか。
こうして産業として根づき、六郷の印章は全国へ広く流通するようになりました。
職人が一つひとつ手作業で仕上げる印章をつくる技術は、「甲州手彫印章」として、山梨県の伝統的工芸品に指定されています。
印章資料館もぜひ
近くを訪れたら、印章資料館にぜひ立ち寄ってみてください。
施設の前には、重量約3トンという「日本一の巨大はんこ」が置かれていて、その大きさに思わず目を引かれます。
ここに彫られている言葉は「不動如山」。
武田信玄が軍旗に記した「風林火山」の一節から引用されたものだそうです。
館内では、手彫り印章の作業工程を知ることができるほか、何十年何百年以上も前の印影や、趣向を凝らしたさまざまな印章などが展示されています。
事前にお問い合わせをすれば、自分でハンコを彫る「篆刻(てんこく)体験」もできますよ。
私も改めて訪れたのですが、古い印影を見ると、かすれることなく、まっすぐに押されたその形が今もはっきりと残っていました。
当時の人が紙に向かい、息を整え、少し緊張しながら押した瞬間の空気が伝わってくるようで、思わず足を止めて見入ってしまいました。
さらに、使われている文字も印象的。
見慣れない古い書体はなんだか新しいもののようにも見え、小さな印面の中に収まる細やかな線がとても美しい...!
一つの形として眺めてみると、ハンコはある種アートのような側面もあるように感じました。
ハンコをお願いしてみた
印章資料館を訪れ、改めてハンコの世界に触れると、自分の名前もあの美しい文字になるのだろうか、とふと思いました。
すると、「見てみたい!手にしたい!」という気持ちがだんだんと膨らんできて、その足で同じ六郷地区にある「原田晶光堂」さんへ向かい、ハンコをお願いしてみました。
「原田晶光堂」はどんなお店
六郷地区にある原田晶光堂さんは、三代続く印鑑・ハンコ専門のお店です。
個人の実印や銀行印、会社設立に使う法人印など、用途に応じたオーダーメイドの印章を、職人と連携しながら制作しています。
ケースなどの関連商品も取り扱っている他、店頭では印章づくり体験も可能です(要問い合わせ)。
社長の原田さんは、地域に根づく印章文化を大切にしながらも、その価値を今の時代にどう広げていくかを考え、動き続けている方でした。
東京の店舗でワークショップをした際には、これから海外へ行く人が、お土産としてハンコを購入していくことが多々あったといいます。
また、海外の人も立ち寄り、英語の名前をその場で漢字に置き換えてハンコをつくると、とても喜ばれたのだとか。
さらに、ハンコの需要があるか分からない中で単身海外の展示会にも飛び込み、現地で紹介する中で思いのほか良い反応を得て、その後、何度も出展を重ねてきたそうです。
デジタル署名の普及などもあり、ハンコを取り巻く環境は少しずつ変化してきていますが、それでも、原田さんの言葉を聞いていると、ハンコは日本特有の貴重な文化なんだなと改めて感じられました。
INFO
原田晶光堂
原田晶光堂ウェブサイト
https://harada-shokodo.com/文字デザインから始まるハンコ制作
原田晶光堂さんでは、文字のデザインから印章をつくっていただくことができます。
名前のバランスや印影の美しさを考えながら、職人さんに一つひとつ丁寧にデザインを起こしていただけるのが特徴です。
私も今回、文字のデザインからお願いしました。
数日後、提案された自分の名前の文字を見て、もう感動です。
想像を超える素敵なフォルムで、飽きるほど見慣れていたはずの名前なのに、こんな一面を発見できることがまだあったのかと、驚きとうれしさでいっぱいになりました。
さらに、書体は2種類のデザインを提案していただき、名前の各文字がなぜその形になるのか、辞書のページを添えて説明していただいたのも印象的でした。
どちらの字体も本当に素敵で、最後まで迷ったのですが、最終的には金文体でお願いすることにしました。
完成品が手元に
ハンコはどの素材でつくるかも選べます。
木材や石材などがありましたが、私は箱に並んだ石の中から、「これだ」とピンとくるものを選んでつくっていただきました。
その時間もまた楽しくて。特別感がさらに増しました。
文字のデザインが決まり、ついに完成のご連絡をいただいて受け取りに行くと、ハンコは立派な箱に収められていました。
自分で選んだ石に、美しい文字で自分の名前が刻まれていて、うれしさがじんわりと込み上げてきたのを覚えています。
印影も紙に押した状態で添えられていて、この上ない満足感でいっぱいになりました。
大袈裟ではなく、ハンコでこんな気持ちになるなんて自分でも驚きでした。
まとめ
これまでハンコは、私にとって単なる道具でしたが、つくっていただいて、それ以上のものに感じられるようになりました。
南山梨に暮らし、六郷に触れる機会があったからこそ出会えた体験で、もしここにいなければ、きっとハンコに思いを馳せることもなかっただろうなと思います。
ハンコを通して、自分の名前の新しい一面を知ること。
それは、海外の人が自分の名前を漢字にしてもらったときの感動と、どこか似ているのかもしれません。
今の時代、必要性が薄れつつあると思う人もいるかもしれませんが、ぜひこの感動をいろんな人にも体験してもらえたらなと思います。
みなさんもぜひ、ハンコをつくってみてください!