金色に輝くアカシアはちみつ、有機野菜を使った手作りドレッシング、オーガニックコットン100%の柔らかな風合いのブランケット――。
山梨で生産された銘品たちが並ぶのは「Taste of Japan, Japanese Shop Yamanashi Collection」という英語のECサイトだ。
運営しているのは山梨県北杜市で土産物のセレクトショップを営む千野綾子さん。県のサポートを受けながら、地域の生産者・事業者と協力してインターネットを使って海外に商品を販売する「越境EC」に取り組んでいる。
越境ECはコロナ禍で国内市場が低迷したことなどを受け、中小事業者などを中心に注目が集まっているが、まだ挑戦しているケースは少ない。
千野さんも海外向けの販売は未経験ではあったが「地域の生産者の役に立ちたい」「大好きな山梨のために何かしたい」というあふれる地元愛をパワーに変え、サイトを構築。商品販売にこぎ着けた。
INDEX
40歳で新たに抱いた夢「山梨で事業をやりたい」。地域の銘品を集めたショップをオープン
千野さんは北杜市出身。地元の専門学校を卒業し、県内外のアパレル会社で働いていたが、結婚・出産を機に地元に戻り、ショッピングモールの運営会社で働き始めた。
慣れ親しんだ土地で、仕事と子育てに奮闘しながら忙しく過ごし、気づくと40歳になっていた。
「『子どももいずれ私の手を離れる。その後自分は何をしていくんだろうか、このまま進んでいっていいんだろうか』。ぼんやりとそんなことを考えるようになったんです。いつしか『北杜市で、自分で事業をやりたい!』という夢が生まれました」
ちょうどそのころ、ショッピングモールにあった長野県の土産物を扱う店が運営元の都合で撤退することになった。その店の様子を近くで見ていた千野さんは「山梨の土産物の店は、需要があるかもしれない」と思ったという。
ずっと県内で生活してきた千野さんは地域の魅力的な商品を知っていたほか、人脈もあった。とはいえ自分で店を経営したことなんてない。どんな資材が必要で、どんな手続きをしなければいけないのかもわからなかった。
だが動き始めてみると、知り合いが使わなくなった備品を譲ってくれるなど、周囲が次々と手を差し伸べてくれたという。そして2018年4月、ショッピングモールの一角にセレクトショップ「せんのや」をオープンすることができた。
もっと多くの人に商品を知ってほしい。県の越境ECサポート事業に応募
「せんのや」は観光地によくある土産物店とは少し違う。扱うのは手間暇かけて作られた加工食品、オシャレなパッケージのお菓子、オーガニック食品など、生産者のこだわりが詰まったものばかりだ。
商品の選定は千野さんが自ら行っている。生産者を1軒1軒回り、商品づくりの工程を見て、生産者の思いを聞き、「店に置かせてほしい」と粘り強く交渉。誠意が伝わって徐々に取引先が増えると、今度はその取引先が別の生産者を紹介してくれた。そうして数珠つなぎでネットワークができ、魅力的な商品が集まるようになっていった。
生産者の中には移住者もおり、「実はずっと県内で生活してきたことはコンプレックスでもあったんですが、移住者の方々と関わることで、当たり前すぎて気づかなかった山梨の良いところを再発見できました」と千野さん。
店では商品を並べるだけでなく、生産者と一緒に店頭で販売会をするなどイベントも開催。女性客を中心に人気が出た。だが千野さんは生産者の思いを深く知っているだけに、いい商品なのに買ってくれる客が限られていること、自分1人ではできることが少ないことに、もどかしさを感じるようになっていったという。
そんなとき、山梨県が地域の商品・サービスを国内外に販売していく事業者をサポートする事業を始めることを知った。
「この事業に採択されれば、もっと商品や山梨の魅力を多くの人に知ってもらえるようになり、生産者さんたちの役に立てるかもしれないと思いました。正直、県の事業となると、小さな店の経営者である自分にはハードルが高すぎるとも感じたのですが、思い切ってチャレンジすることにしたんです」
練りに練って事業計画書を作成し、提出。「せんのや」の運営で築き上げてきた人脈を生かし、ジャンルの異なるさまざまな事業者の商品を扱う点などが評価され、事業者として採択された。
「選ばれたと聞いて、もちろんうれしかったですね。一方で『もう自分1人だけのことではないんだ』と身の引き締まる思いもしましたね」
◆「地域ブランドの確立により地域の「稼ぐ力」向上に向けたブランド戦略有効性の実証事業」
民間ビジネスを通じた地域経済活性化を目的とした戦略について、地域資源を活用してつくった製品・サービスを国内外へ販売する事業者の活動を通じて、その有効性を検証する。
県は採択された事業者に対し「専門家による事業計画へのアドバイスや実行支援」「県が行うプロモーション活動との連携」などを行いサポートする。
初めての越境ECに苦労。築いてきた生産者との信頼関係で商品が集まる
採択された後は、越境ECサイトオープンに向け動き始めた。「せんのや」で実店舗とオンラインショップを展開してきたため、商品販売の知識やECサイト運営ノウハウはあった。だが越境ECは初めて。そこでまずは市場の大きい北米、山梨との関係の深い台湾やUAEなどをターゲット国と決めた。
越境ECサイトで扱う商品は、県が国内外への売り込みに力を入れている産品、すでに「せんのや」で扱っていた商品の一部を候補とした。それに加えて新たに生産者も回り、海外販売に向いていそうな商品の開拓を進めていった。
ただ多くの生産者は海外販売の経験がなく、千野さんの説明を聞いてもすぐには首を縦に振ってもらえなかったという。
「『本当に外国の人が買ってくれるの?』『少量しか作っていないんだけど、たくさん売れたときはどうするの?』と、みなさん不安や疑問を口にしていましたね。しかも当初は私も越境ECに関する知識がほとんどなく、輸出できる商品・できない商品もわかっていませんでした。無知すぎました」
その状況を救ったのが山梨県のサポートだ。国によって異なる輸出基準、必要な手続きなどを丁寧にアドバイスしてくれたという。「1人だったら絶対挫折していたと思います」と千野さんは笑う。
最初は不安がっていた生産者も「せんのや」の取引で信頼関係があったことなどから、「千野さんが挑戦するなら」と参加を表明してくれるようになった。千野さんは「コロナ禍を経て『国内市場だけでなく海外市場も視野に入れていかなければ立ち行かなくなる』という危機感もあったのだと思います」と推測する。
「ECをきっかけに外国人に山梨に興味を持ってほしい」。あふれる地元愛を胸に走り続ける
2023年1月、千野さんと協力事業者で作り上げた越境ECサイトが完成した。これから徐々に掲載商品を増やし、商品にまつわる記事も制作・掲載していくという。
「実店舗ではなかなかお客さんに直接生産者の思いを伝えきれず、もっと時間をかけて説明したいと思っていました。でもECサイトなら商品説明欄やブログ機能を使って、生産者の思いを丁寧に書くことができる。ただ商品を並べて売るだけでなく、ストーリーも届けることで商品や山梨の魅力もきちんと伝えていきたいと思っています」
千野さんは越境ECサイトの構築と併行して、北杜市内に新しい店舗の建設を進めている。オープンは2023年8月の予定だ。
「新店舗には「せんのや」で売っている商品のほか、越境ECサイトで新たに取り扱いを始めた商品も並べるつもりです。また飲食店を併設し、地元の食材を使った食事も提供します。越境ECサイトを見た方が、山梨に足を運び、この店を訪れて実際の商品を手に取る。それをきっかけに山梨を気に入って移住する。そんな展開ができたら最高ですよね」
今後は商品を増やしながらインフルエンサーを使ったSNSマーケティングなどにより、海外への宣伝・売り込みを強化していくつもりだ。
「今の子どもたちの世代が大人になったときに、山梨が今よりもっと魅力的な場所になっていてほしい。越境ECを通して山梨の魅力を伝えていくことで、そのお手伝いができればと思っています」
コロナ禍でいなくなった外国人観光客は徐々に戻りつつある。「越境ECを見て、山梨に来たいと思ったんです」。そう語る外国人が現れる未来は、そう遠くないのかもしれない。
「Japanese Shop Yamanashi Collection | Taste of Japan」
https://tastejapan.shop/collections/japanese-shop-yamanashi「八ヶ岳セレクト せんのや」
https://www.instagram.com/yatsugatake.sennoya/