ベトナムの屋台で飲んだ一杯のコーヒーが、佐野真さんの人生を変えた。
バックパックを背負い、異国の街を歩いていた青年は、
その場に集う人々の垣根を越えたつながりに心を奪われた。
そして「コーヒーを自分の人生にしよう」と決意。
そこから佐野さんの旅は、シアトルの名店での修行、コスタリカの農園訪問、
そして日本での焙煎修行へと続いていく。
2023年、故郷・富士川町にオープンした「真庵」では、
日本の喫茶文化の奥深さを世界へ発信しようとしている。
朝のやわらかな光が差し込む店内で、ゆっくりとコーヒーを淹れる時間。
その香りとともに、佐野さんが見据える未来とは──?
PROFILE

真庵 佐野 真 さん
富士川町出身。アパレル関係の仕事で東京に暮らすも肌に合わず帰郷。ベトナムで出会った屋台のコーヒー文化に感銘を受け、コーヒーの道へ。2023年には、日本の最高レベルのスペシャルティコーヒーを提供する「真庵」を山梨県富士川町にオープン。
人と人をつなぐ、コーヒーの力
「バックパックでベトナムを旅したときにコーヒーと出会った」と表現する、真庵の佐野真さん。ベトナムの退廃地区で滞在中に何度も通ったコーヒーの屋台では、近所に暮らす住人やボロボロの服を着た人、おそらく欧米から出張で来ていたであろうスーツ姿のビジネスパーソン、そして佐野さんのようなバックパッカーが一同に会して屋台を囲み、貧富の差や人種の差もなく楽しげに会話を楽しんでいたという。
10分ほどしてコーヒーを飲み終われば、皆それぞれの場所に帰っていく。佐野さんは、その一瞬のコミュニティに身を置いたときに一杯のコーヒーの力を確信し、「コーヒーを自分の人生にしよう」と決意。帰国後、コーヒーの世界へのめりこんでいった。ほどなくして、佐野さんは南アルプス市にある「田舎カフェORCHARD」で働き始める。

バックパックでベトナムを旅しているとき、スラム街のコーヒー屋台で出会った一杯のコーヒーが、人生を変えました。
5年ほど経験を積んだ佐野さんは、アメリカのシアトルにあるコーヒー店で学びたいと、カフェを退職しシアトルへ。アポやコネは一切なく、何度も何度も直談判してスタッフのトレーニングを一緒に受ける許可を得た。そこで身につけたエスプレッソの技術は、真庵の核になっているという。観光ビザの限界まで滞在した佐野さんは、中米各国のコーヒー農園を視察し帰国。「自分のお店の準備を始めようとしていたところ、前職の「ORCHARD」の代表から新しくコーヒー部門を立ち上げるから責任者になってほしいと言われ、ロースタリーを立ち上げることになりました」。そのタイミングで焙煎士としてのキャリアをスタート。焙煎に関しては完全な独学で、試行錯誤を繰り返して理想の味を追求していったという。そして2023年、満を辞して独立。故郷である富士川町に、「真庵」が誕生した。そのコンセプトは、店内でゆっくりとコーヒーを飲んでもらえる空間にすること。カフェの形態が多様になり、海外のスタイルであるテイクアウト中心のコーヒースタンドの店が多くなってきた。その中で佐野さんは、ひと昔前の喫茶店のような日本の優れた文化を、コーヒーを通して世界に発信していくことに可能性を感じ、美しい和の空間でスペシャルティコーヒーを提供する唯一無二のカフェをつくりあげた。

日本の喫茶店文化を大切にしながら、スペシャルティコーヒーを楽しめる、特別なカフェを作りました!
佐野さんが表現するのは「甘くてバランス的で、世界中どこで誰が飲んでもおいしい丸い球体のような味わいのコーヒー」。エスプレッソには、ファインロブスタを使用。ラテにするとミルクの甘みと一体になり、佐野さんのいう「球体のような」味わいを感じられる。ドリップコーヒーは6種類を用意。家族のような関係性を築いている農園「ドン・エリ」からダイレクトトレードで仕入れた豆を中心に、世界中のスペシャルティコーヒーをラインナップしている。
仕事のために東京で暮らしていたころから地元へ帰りたいという思いが強くなっていった佐野さん。「小さい頃はとくに感じていませんでしたが、町の自然や富士山のある景色が心の拠り所になっていたのかもしれません」。店をオープンして1年半ほどだが、平日の朝から地元の常連客で賑わう様子が見られる。「足を運んでくださるお客様を大切にし、これから10年かけて、地元に根付いた店にしていきたいと思っています。それと並行して、コーヒーの生産者さんとのお付き合いや活動を増やしていく予定です。そして、これは何十年先になるかわかりませんが、南山梨でコーヒーを栽培するのが僕の最大の夢。現状では不可能に近い話ですし、自分の代では成果が出ないことはわかっていますが、誰かがやらないと始まらない。『コーヒーの未来をつくる』という自分のビジョンに向かって、この地で挑戦を進めていきたいと考えています」
Hello!
(Morning!)

エスプレッソにもドリップコーヒーにも、全身全霊を込める

故郷に世界水準のコーヒーを届けたいと、真庵をオープンした佐野さん

ドリップコーヒーは、浅煎りから深煎りまで常時6種類をラインナップ。農園から直接買い付けた希少な豆も

豆はすべて自家焙煎。店の奥にある焙煎機で週に一度その週に使う分を焙煎する

エスプレッソには最高級のコーヒー豆、ファインロブスタを使用。使う人を選ぶ正攻法のマニュアルのマシンで丁寧にいれた
カフェラテの味は格別


エスプレッソのコクとミルクのコクが一体化し、ラテとして完成された味わいに。カップは、沖縄県読谷に工房を構える
当山友紀さんに依頼したオリジナル

ワークスペースを取り囲むようにカウンター席が配置される。まるで日本料理店のような落ち着いた雰囲気の店内

地元の人にとって憩いの場である「真庵」は、地域に根付きながらも、世界規模でコーヒーの未来を考える
佐野さんの表現の場でもある

バリスタや焙煎士として高い技術をもつ佐野さん。「コーヒーの味とともにコーヒーのある時間を楽しんでもらいたい」と、組子の欄間をとり入れた美しい和の空間でもてなす

PROFILE
真庵
佐野 真さん