横浜で教員として働いていた宮川大輔さんの人生が大きく動いたのは、両親が移住先として山梨県・身延町を選んだことだった。それまで縁のなかった土地の川のせせらぎ、山の空気、木々の匂い。両親を訪ねて足を運ぶうちに、都会での暮らしよりも自然のそばにいたいという思いが、静かに心の底から湧き上がっていった。やがて宮川さんは家族での移住を決意し、林業の現場で働き始める。山に捨てられ、使われずに朽ちていく木に出会ったとき、「この木を生かしたい」と強く感じた。そこから木工の道が始まり、試行錯誤を重ね、2023年に独立。
現在は“木産木消”といった、地元の木材を生かしたものづくりを続けている。木漏れ日のあいまに立ててられた工房で、木を削って成形し乾燥させ、形を決める。宮川さんが身延町で見つけた、木々との暮らしについて。
PROFILE
kiki craft 宮川大輔 さん
神奈川県横浜市出身。2013年、山梨県南巨摩郡身延町へ移住。2017年山梨県南部町の林業会社に就職し伐採技術を学び、木工家として独立。「木のある暮らし」をコンセプトにkiki craft(山梨県南巨摩郡身延町市之瀬353-1)を開業する。地域材を活かし「木産木消」のものづくりに取り組む。
木々に囲まれた身延町の一角に、工房兼ショップを構える。ショップのオープン日については、Instagram(https://www.instagram.com/kikicraft_woodwork/)で確認を。
STORY
山で朽ちていく木を、自分の手で生かしたい
横浜で小学校教員として働いていた宮川大輔さんが、家族とともに山梨県へ移住したのは2013年。「新しいことに挑戦したい」という思いを胸に、林業の世界へ飛び込んだ。
林業の現場で働き始めた宮川さんが直面したのは、山に捨てられていく木々の現実だった。「林業で無駄になる木が結構あったんです。山に捨てられる木を見て、これを自分で持ってきて何か作れないかと思ったのが始まりでした」
幼い頃から父親に山や川へ連れ出してもらい、自然の中で遊んで育った宮川さん。両親がこの地を選んだのも、川で遊べる豊かな自然があったからだろう。身近にあった自然との暮らしが、いつしか宮川さんの原風景になっていた。
宮川さんは林業で得た木材を使い、独学で木工を学び始め2016年に「kiki craft」を立ち上げる。木工作家への弟子入りや試行錯誤を重ねながら技術を磨き、2022年には、木を無駄なく生かすためにグリーンウッドターニングを始める。伐採から制作、販売までを一貫して行うスタイルは、木の命を最後まで大切にしたいという思いから生まれたものだ。
グリーンウッドターニングは、生木を使う制作技法。割れないようにするテクニックが必要ですが、ナマモノを扱う面白さがあります。
地元で採れた木材を見極め、無駄なく器として削り出す。見極めは、これまでの経験がものをいう。
木の個性を見極め、無駄なく使い切る
宮川さんの工房は、自然豊かな身延町の古い平屋に構えられている。木漏れ日が差し込む工房で、宮川さんはろくろを回しながら、ひとつひとつ丁寧に器を作り上げていく。「手に入った木材によって作る形を決めていくんです。大きいものはなるべく大きく作る。小さい木で大きいものは作れませんから」。木の個性を見極め、その木が持つ可能性を最大限に引き出す。それが宮川さんの制作スタイルだ。地元の木を使った食器やランプシェードを中心に、野趣あふれるナチュラルエッジのボウルや、アンティーク感のあるリム皿を得意とする。「外国の木を使わなくても、こっちの木で十分に作れる。使えない木はほぼないですね」。かつて家の柱にしか使えないと思われていた木も、作り方や使い方次第で美しい器に生まれ変わる。木工の知識は、ほぼ独学で身につけた。「最初は何も考えずに作っていたんですけど、だんだん器の形になっていって」。生木を用いて乾燥の過程で割れないよう均一の厚さにする技術も、試行錯誤の中で習得していったそうだ。
木によって色々な美しさが引き出せるのがおもしろいところ。特に美しく仕上がったと思うものから、お客様に引き取られていきます。
自然のなかで生まれた、木材そのものの個性を生かした器が、食卓を彩る。
敷地内には様々な木材が。作業の中ででた木屑も「欲しいと言われたらお渡ししています。ポプリに使ったりするんですかね」と宮川さん。
HELLO
(Morning!)
LIFE with TREE
地域の木を、地域で生かす暮らし
宮川さんの作品は工房で多くのラインナップを見ることができる他、地元のお店や道の駅などでも販売されている。レストランでは、地元の食材を使った料理が、地元の木材を使った宮川さんの器に盛り付けられることも。2023年からは、依頼されて伐採した木をなるべく大切に使い切る「一本の木プロジェクト」も開始した。地域の材を地域で生かす「木産木消」をテーマに、様々な方法で木のある暮らしを提案している。
「地元で生まれ育った人にとってこの辺りの山々や清らかな川も当たり前かもしれないけれど、僕にとっては貴重に感じます。山から材料を下ろしてきて器の形になるまで、木の変化を見守りながら、時間をかけて作っていくなかで木々を触れ合いながらそう感じています」。一本の木と向き合い、その命を最後まで大切に使い切る。木漏れ日が揺れる工房で、宮川さんは今日もろくろを回す。山に捨てられるはずだった木が、人の手によって温かな器に生まれ変わる瞬間を、静かに見つめながら。地域に根ざした「木産木消」の暮らしを、これからも一つひとつの作品を通じて伝えていく。
この豊かな自然から生まれた器を、ぜひ暮らしに取り入れてください。
木でできたランプシェードは、空間に暖かな光を届ける。森の香りを感じられるようなインテリアだ。
木目が美しいウッドプレートも。暮らしの様々なシーンに、自然の豊かさを取り入れられる。
ショップ内には、どこの木材から作られたか書かれたポップが。
横浜で教員として働いていた宮川大輔さんの人生が大きく動いたのは、両親が移住先として山梨県・身延町を選んだことだった。それまで縁のなかった土地の川のせせらぎ、山の空気、木々の匂い。両親を訪ねて足を運ぶうちに、都会での暮らしよりも自然のそばにいたいという思いが、静かに心の底から湧き上がっていった。やがて宮川さんは家族での移住を決意し、林業の現場で働き始める。山に捨てられ、使われずに朽ちていく木に出会ったとき、「この木を生かしたい」と強く感じた。そこから木工の道が始まり、試行錯誤を重ね、2023年に独立。
現在は“木産木消”といった、地元の木材を生かしたものづくりを続けている。木漏れ日のあいまに立ててられた工房で、木を削って成形し乾燥させ、形を決める。宮川さんが身延町で見つけた、木々との暮らしについて。