無人航空機・ドローンを使い、過疎地の買い物をサポートする「ドローン物流」の分野で、山梨発祥のモデルケースが全国に広がっている。
東京都内のスタートアップ企業が、山梨県内の小さな村で実証実験を重ねたところ、山梨県への視察や他の自治体から実証実験の問い合わせが続出。全国から「山梨モデル」と呼ばれ、注目を集めるまでに発展している。
今年12月には改正航空法の施行により、有人地帯での補助者なしの目視外飛行(レベル4)が認証次第で可能になり、ドローン物流自体への期待も高まりを見せている。
なぜ、山梨発祥のモデルが生まれたのか。なぜ、ここまで羽ばたくことができたのか。きっかけになったのは、山梨県が2021年度から始めた「TRY!YAMANASHI!実証実験サポート事業」にある。
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人口700人、山あいの村で始まったサービス
10月14日午後、山梨県北東部に位置する「小菅村」に県内外から自治体や事業者の関係者約30人が、ドローン物流の視察に訪れた。
人口約700人。多摩川の源流がある山あいの小さな村だ。豊富な自然に囲まれ、国道は1本だけ。民家もまばらだ。観光名所の大菩薩峠からは立派な富士山を一望できる。そんな穏やかな村が、ドローン物流で一躍注目を集めるモデルケースになっている。
村民はスマートフォンの専用アプリを通じて飲食品や日用品を注文。すると、村内のドローンデポと呼ばれる配送拠点で荷積みをされたドローンが着陸用のスタンドまで飛行し、村民はその物資を受け取る。スタンドは村内8集落のうち5集落に設置され、近いスタンドで約0.6km(飛行時間約2分)、遠いスタンドで約3km(飛行時間約7分)ほど。
過疎地である小菅村に、スーパーマーケットなどの大きな商業施設はない。物流会社にとっても、陸路でのトラック配送では積載率が低く、配送コストが割高になることが課題だった。そんな「買い物難民」の問題を抱えた小さな村が、ドローン物流に寄せる期待は大きい。
このドローン物流のサービス「SkyHub®」を小菅村で始めたのは、ドローンの研究開発スタートアップ「エアロネクスト」(東京都渋谷区)。使用する日本発の物流専用ドローン「AirTruck」も同社が開発した。積載物が傾くことなく安定感は抜群。最大5kgを搭載、最大飛行距離は20km、最長約50分の飛行が可能だ。
同社は小菅村に根を張り、SkyHub®のための戦略子会社「NEXT DELIVERY」を村内に設立した。一方で、すごいスピードで全国への展開を広げている。
「うちでもやれませんか」「どのように運用しているんですか」という相談が、全国各地の同じ悩みを抱えた過疎地から同社に届くのだ。昨年から北海道上士幌町や福井県敦賀市、島根県雲南市など全国7自治体と実証実験の包括連携協定を結び、実証実験のみならず、社会実装をすでに全国で開始している。
そんな同社の執行役員兼グローバルCMO・伊東奈津子さんは感謝を込めて言う。「山梨県小菅村での実証実験が私たちの全てのスタートです」
担当者の思い「山梨から羽ばたいてほしい」
同社の全国への飛躍は、山梨県が2021年度から実施する「TRY!YAMANASHI!実証実験サポート」という事業に応募したのが始まりだった。
県内外を問わず、スタートアップ企業に先端技術の実証実験を行う場(テストベッド)として、山梨の地を利用してください、というのが事業の趣旨だ。
業種はドローンに限らず、ヘルスケアや介護など多種多様。経費の補助率は全国トップクラスの4分の3(最大補助額750万円)で、経費が500万円かかったとしても375万円、1000万円かかったとしても750万円までは県が負担してくれる。現在3期目で、これまで124件の応募があり、21件が採択された。今日もスタートアップ企業が研鑽を積んでいる。
山梨県にはリニア中央新幹線の開業に向け、常に新しいチャレンジが生まれ、イノベーションが創発される地にしたいという思いがある。その突破口がテストベッドの聖地化であり、この実証実験サポート事業を始めた理由だという。
事業を統括するリニア未来創造・推進課の課長補佐・齊藤浩志さんは「将来的には山梨に戻ってきてくれたら嬉しいですが、まずは事業を磨き込む機会にしてもらえれば」と話す。
広大な土地と豊かな自然、そして協力を惜しまない住民たちの優しさ。ドローンはもちろん、どんな業種でも、テストベットの受け入れ地としてはうってつけだ。
「スタートアップ企業が、全国に羽ばたくきっかけをサポートするのが狙い。山梨の実証実験で培った知見やノウハウを生かして、日本の社会課題の解決に貢献してくれたら本望です」
羽ばたいたエアロネクスト、実証実験を支えたのは
TRY!YAMANASHI!実証実験サポートの中でも、エアロネクストはとりわけ大きく全国へ羽ばたいていった。
同社の実証実験を担当した同課の主任・箭本知大さんは「まさかここまで全国に広がっていくとは思っていなかった」と舌を巻く。
少子高齢化、商業店舗の相次ぐ閉鎖、交通網の限定。そういった現代の社会課題が買い物難民の問題を生む。しわ寄せが及びやすいのは地方の郊外過疎地だ。
「同じような社会課題を抱える地方自治体は多く、全国から小菅村で実施するSkyHub®への視察や問い合わせが相次いでいます。その一助になれたことはとても嬉しいです」
エアロネクストはドローンの研究開発スタートアップ。先進的な取り組みを進める一方で、「オフィスは東京都渋谷区。近場に飛行実験の場所がない」というのが課題だった。飛ばせる場所を探すのを主な目的として、実証実験サポートの第1期募集に応募。無事に採択された幹部の友人が小菅村の地域おこし協力隊をやっていたこともあり、2021年11月に小菅村と連携協定を結んだ。
そんな中、村長と面会する中で、高齢化や買い物難民の課題を聞き、「物流の側面で貢献できるのではないか」と考え、ドローン物流に活路を見出した。自分たちのテストベットを推し進めるだけではなく、物流自体の問題を根本的に解消しなければいけないと、2021年1月には物流大手のセイノーホールディングス(本社・岐阜県大垣市)と業務提携を結び、SkyHub®の実用化を加速させた。地域貢献への足がかりを整えていった。
もちろん、テストベットとしても大きな成果を得た。300回近い物流飛行を経て、飛行データを蓄積していった。サービスや技術の向上へのフィードバックへ生かすことで、どんどんドローン物流の質を高めていくことができた。試験をする上で資格を操縦士の人件費が懸念だったが、大きな補助を受けられたため、飛行回数を重ねられた。
そう。全国から「うちでも実証実験をやれないか」と引っ張りだこになっても、安定的に運用をできるのは、小菅村での実証実験で得たデータやノウハウ、実用の経験があるからだ。
広大な土地、豊かな自然、障害物や事故リスクの少なさ。ドローンを飛ばす上で環境的にも好条件だった小菅村。だが、エアロネクストの伊東さんは村民に一番の感謝を寄せる。
「最初はすごく不安だったんです。自分たちの上空をドローンが飛ぶのに否定的な方もいるんじゃないかと思って。でも、村長さんをはじめ村民の皆さまが、すごくウェルカムで、優しくて、ものすごく協力的で。温かく応援してもらいました。山梨モデル、どんどん広げていきます」