山梨県では、革新的な事業に挑むスタートアップ等を後押しする「TRY!YAMANASHI!実証実験サポート事業」を展開しています。実証実験の場の提供から資金面の支援、さらには事業を進める上で欠かせない地域住民や事業者との調整まで、県が一体となって伴走する――そんな「共創」の姿勢が、多くの挑戦者を惹きつけています。
本記事「やまなしイノベーションストーリー」は、山梨を舞台に未来を切り拓く挑戦者たちのリアルな声を通じて、地域発イノベーションの最前線と、その支援の舞台裏に迫るインタビューシリーズです。
お話をうかがったのは、「全ての女性が生理に悩まされることなく、のびのびと暮らせる社会の実現」を目指すフェムテックスタートアップ、株式会社asai(以下、asai)代表の浅井しなのさん。asaiは、「Redefine the Period. 生理/時代を再定義する。」をミッションに、女性の健康課題を解決するプロダクトの研究開発に取り組んでいます。
asaiは2024年5月「第6期TRY!YAMANASHI!実証実験サポート事業」に採択され、半年間にわたり県内で実証実験を実施。今年秋のプロダクトリリースに向けて事業化を進めています。浅井さんのインタビューを通して、創業の背景や山梨での取り組み、そして目指す未来像を紐解きながら、「挑戦の地“山梨”」の可能性に迫ります。
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生理に“振り回されてきた”日々から起業へ

──創業の経緯についてお聞かせください。
私自身、早くからずっと生理に振り回されてきました。初潮も小4の頃とかなり早く、徐々に生理痛がひどくなり、中学生の頃には意識が飛んでしまうくらいの痛みに悩まされていました。けれども母親も妹も生理痛が軽く、なかなか理解してもらえなくて。痛みどめも親から「あまり飲まないほうがいいんじゃないか」と言われていたので、我慢するしかないと思っていました。
大学3年生のときにはじめてクリニックへ行ったところ、子宮腺筋症と診断されたんです。当時、就職活動をしていたのですが、コロナ禍に入り、半年ほど企業の採用活動もストップしてしまって。それで、改めて自分を見つめ直す機会になりました。
ちょうどその頃、身近な人から「海外ではこんな領域が注目されているよ」と教えてもらったのが、フェムテック(※)でした。その人は子宮内膜症の研究をしていて、海外の先行事例にも詳しかったんです。それでフェムテックについて調べているうちに、「これは希望の光だ」と感じるようになって。たとえば、アメリカのスタートアップ「Qvin(クウィン)」では、ナプキン型の検査キットを開発していて、経血で糖尿病のリスクをチェックできるツールを提供していました。
そんな事例を知って、「これまでずっと生理に振り回されてきたけど、もし日本でもこういうサービスが普及していたら、自分の不調の原因をもっと早く知ることができたかもしれない。日本にはもっとフェムテックでできることがあるんじゃないか」と考え、4社ほどフェムテック系の企業でインターンをしました。ただ、もともと私自身がやりたかった事業をやろうとしているところはなかったので、自分で起業するしかないなと、2021年に会社を立ち上げました。
※フェムテック(Femtech):「Female(女性)」と「Technology(技術)」を組み合わせた造語。生理や妊娠、更年期など女性特有の健康課題をテクノロジーで解決する製品やサービスのことを指す。例えば月経管理アプリや妊活支援ツールなどが挙げられる。
──海外では先行している領域ですが、日本ではまだ、「フェムテック」という言葉にあまり馴染みがない方も多いかもしれませんね。
そうですね。実際、山梨での実証実験が決まって、被験者を募るために甲府駅前でビラ配りをさせてもらったのですが、配るときに「フェムテックという言葉を知っていますか?」と尋ねても、ご存知の方は500人中1人だけ「聞いたことはあるけど、よくわからなくて……」という方がいたくらいで。けれどもみなさん、詳しくご説明すると「確かにとても大切な事業だね」と共感していただけたんです。

私たちは「研究開発型フェムテックスタートアップ」として、これまでになかった事業をゼロから立ち上げようとしています。基幹事業である「reanne(リアンネ)」プロジェクトでは、大学の研究機関とともに、経血成分の解析を進め、婦人科系疾患や月経トラブルをモニタリングする経血検査システム「reanne kit」の開発を行っています。
こうした「世の中にないプロダクト」を研究開発することは難易度も高いのですが、生理に関する啓発活動も合わせてサービスとして事業展開することで、より多くの人が生理に悩まずに暮らせる社会を実現したいと考えています。
ビラ配り、協力者探し、啓発活動……いちからの模索
──そもそも山梨で実証実験に取り組むことになったきっかけを教えてください。
TRY!YAMANASHI!実証実験サポート事業に応募したきっかけは、過去に採択された医療系のスタートアップの方から「山梨は伴走支援が本当に手厚い」と勧めてもらったことでした。医療・ヘルスケア領域は実装のハードルが高いので、自治体が一緒に走ってくれる環境は貴重だと感じ「山梨で挑戦してみたい」と思ってエントリーしました。
採択後は、私たちにとっても初めての本格的な実証実験となったので、県の担当者には本当に文字通り伴走していただいて、手探りで進めていきました。そもそも、私たちの取り扱う「経血」自体、これまであまり研究されてこなかったものなんです。
起業する前からさまざまな先行研究をリサーチしてみましたが、経血に関するものはほとんどなくて。それどころか、たった数十年前には「経血が毒」だとする医学論文まであったんです。2016年になってようやく経血が研究されたのも、法医学的な観点によるもの。事件現場で、出血なのか経血なのかを判別しなければならない場面があったからでした。
──たった10年前……本当に最近まで注目されてこなかったんですね。
そうなんです。ですから私たちも研究に際して、いちから方法を考えなければならなくて。尿や唾液、血液などは検体として一般的によく使われており、検査方法も確立されているのですが、経血はそういったものがありません。まずはどのように経血を集め、研究室へ輸送し、サンプルデータを解析するのか。一連の流れを検証する必要がありました。
当然、経血は普通の血液とも成分や形状が異なりますから、既存の検査器具が使えません。「ナプキンから経血を集めるのは難しそう」「月経カップなら経血を集めやすそうだけど、そもそも使用している方は少ないし……」という感じで、まったくわからない状態でした。

──そこからどうやって実証の実現にこぎつけたのでしょう?
大きかったのは、検体回収に協力してくださる病院が見つかったことです。山梨県甲斐市にある赤坂台病院という病院で、「こんなことをしようとしている企業がある」と、知人伝いにご紹介いただきました。最初にお話ししたときも、まだまったくわからないことばかりでしたが、相談させてもらいながら、実施方法を固めていった形です。
赤坂台病院グループの職員やその友人の方々の中から、私たちの研究に興味を持っていただいた方にご登録いただき、生理が来たら赤坂台病院へ行き、経血を回収することにしました。そこからクール便で輸送し、研究室で検体を解析するような流れです。結果として、25名の方にご登録いただき、1ヶ月半でほぼ全員の方から検体を回収することができました。これは生理が平均28日周期であることを考えると、かなりスムーズに回収できたほうだと思います。
──皆さん、協力的だったんですね。
今、東京でも実証実験を行っているのですが、実は山梨よりも難航しているんです。東京は人口も多いですし、フェムテックの認知度も高く、関心度の高い方もたくさんいらっしゃいます。しかしその分、婦人科に通い、子宮内膜症の治療などのためにピルを服薬して生理を止めている方も多いんです。だからせっかくご登録いただいても、検体の採取ができないことも多々ありました。他の理由として、山梨では赤坂台病院という長年地域医療を支えてきた実績のある病院だからこそ信頼感もあって、「せっかく登録したから協力しよう」と前向きに考えていただいたのも大きかったと思います。さらに、山梨では県ぐるみで「プレコンセプションケア(妊娠・出産を含めたライフデザインや将来の健康を考えて健康管理を行うこと)」を推進していて、もともと健康に対する意識が高かったのも良い影響があったと思います。

また、期間中に山梨県立大学・看護学部の学生向けに、啓発活動としてワークショップを実施しました。生理痛体験デバイス(EMS)で擬似的に生理痛を体験していただいたのですが、女性も他の人がどれくらい痛みを感じているのかわかりませんし、男性はもちろんまったくわかりません。お互いに痛みのレベルを可視化して、個人差があることを体感して、少しでも違和感があれば医療機関を受診することの大切さを理解していただけたら、と。当日はテレビ局の取材も入ったので、その後の認知も広がって活動がスムーズになったと感じています。
山梨で見えてきた、事業化への道すじ
──山梨での実証実験を経て、事業はどのような段階に向かっていますか?
おかげさまで、2026年秋ごろにプロダクトをリリースする目処が立ちました。山梨での実証実験ではクール便を用いたのですが、もっと簡易的に調べられるよう、郵送型の検査キットにする予定です。私たちが目指しているのは、婦人科系の疾患を早期発見につなげることです。なるべく気軽に、より多くの方に「reanne kit」を手に取っていただいて、郵送して検査結果がわかるタイミングで課金いただくようなビジネスモデルを考えています。また、経血にこだわらず、尿など別の検体でも婦人科系疾患を見つけられる検査方法を確立できるよう、引き続き研究していきたいと考えています。

──実証実験が事業化の後押しとなったんですね。
今も何かと山梨でのご縁が続いているんです。輸送手段を考えていたとき、県の担当者が「こういうことをやろうとしているんですけど、可能ですか?」と直接、佐川急便の方に電話で問い合わせ、ミーティングの場を設けてくださいました。今もその佐川急便の方が担当者としてロジスティクスの部分を支えてくださっています。それに加えて、実証実験を通じて知り合った山梨大学医学部産婦人科の吉野修教授には、当社のアドバイザーに就任していただくことになりました。やはりアカデミアの先生方はとてもお忙しいので、なかなか新しい取り組みまでリソースが割けないと言われることも多いのですが、吉野教授から「前向きに協力するよ」と嬉しいお言葉をいただき、かなり積極的に関わっていただいています。県の担当者にずっと伴走いただき、いろんな方々とお会いする際にも一緒にご挨拶してもらえたおかげで、ご協力いただける関係性につながっていったと思います。
東京だけでは気づけない、社会課題の本質

──これから実証実験にチャレンジしようと考えているスタートアップの方にアドバイスはありますか?
これは本心で言うのですが、山梨県の取り組みは個人的に「推しの実証実験」なんですよ! 実際にいろんなスタートアップの方に「こんなサポート事業があるよ」とおすすめしていて。
特にヘルスケアや医療の領域って命に関わる分、なかなか実証実験にこぎつけるのが難しいんです。前例がない新たな取り組みほどハードルが高いですし、「この領域は難しい、うちではできない」と言われてしまうことも多いんです。でも山梨県では、担当者の方が本当に真剣に取り組んでくださって、いろんな方をご紹介いただいて、ああでもないこうでもないっていろいろと話しながらやってこれました。なんか、「青春だな!」と思うくらい熱く取り組んだ日々でした(笑)。
私自身、山梨とはまったく縁もなかったのですが、知り合いの知り合いくらいのつながりでいろんな方と出会えて、コミュニティのコンパクトさがとても心地よかったです。当社のメンバーもすっかり山梨が気に入って、いつかカフェをやりたいと話しているんですよ。
社会課題に取り組むスタートアップは少しずつ増えていますが、東京ってある種特殊な場所だと思うんです。山梨で実証実験を始めて、ビラ配りをして、ほとんどの方が「フェムテック」を知らない現実に直面してすごく驚いたのですが、逆に東京のほうが異質だったのかもしれない。山梨での当たり前が、ある意味日本の多くの人にとっての当たり前なんだなと実感しました。
今までにないものをつくること、価値観を変えようとすることには、大きな勢いが必要ですが、まずは自分たちの想いを発信し続けることで、より多くの方の共感を得ることが重要だと感じます。山梨では本当に、これまで発信してきた想いやミッションに共感いただき、その想いがまた次につながる……みたいなことがたくさんありました。自分たちだけでは何もできませんし、イベントでもビラ配りでもなんでもまずはやってみて、どんどん発信していけばおのずと仲間が増えていくと思います。
テクノロジーと価値観の両軸で、女性の課題解決を

──これからasaiとして、どんな未来を目指していますか?
私たちには「Redefine the Period. 生理/時代を再定義する。」というミッションがあり、1人でも多くの方が、婦人科系の健康課題に悩まずにいられるような未来にしたい。まずは「reanne kit」をきっかけに、少しでも早期に婦人科系疾患に気づくことができるようにしたいです。実は私自身、2年前に今度は子宮内膜症が見つかって。やっぱり「もっと早く異変に気づいていれば……」という想いが一番強いんですね。
自治体ではある一定の年齢になると、無料や安価で子宮がん検診や乳がん検診などを受けることができますが、健康に関心がなければ、そうした機会を見過ごしてしまうこともあるでしょう。asaiでは、それほど健康やヘルスケアに関心がなくても、より気軽な方法で自分の不調に気づくことができるような社会を実現したいんです。
それにどんなにテクノロジーが進化しても、生理に対する価値観や考え方がアップデートしていかなければ、女性の悩みは解決しません。2025年11月からはあすか製薬株式会社と連携して、企業・自治体向け体験型生理セミナー「月経ラボ」を提供することになったので、こうした啓発事業も研究開発と並行して力を入れていきたいです。
私自身、ずっと生理に悩まされてきましたし、生理に対して「痛い、つらい、最悪」……みたいなイメージが強くあります。でも、そういったネガティブなイメージから、生理を「自分自身の健康状態を知ることができるもの」というイメージに転換したい。我慢するのではなく、もっと気軽に身近な人に相談できるものであってほしい。そのためにこれからもさまざまな方や企業と協力しながら取り組んでいきたいと考えています。
株式会社asaiについて詳しくはこちら
文・大矢 幸世、写真・朝岡 英輔


