山梨県南部に位置する身延町。歴史と文化が残る自然豊かな町です。
そんな身延町から山梨県を盛り上げようと奮闘しているのが、身延山久遠寺にある宿坊「覚林坊」。昔ながらの日本文化の体験や精進料理を味わえる中で、ひときわ注目を集めているのが「寺(じ)ビール」です。
お寺発のオリジナルビールであることとユニークなネーミングで、外国から旅行に来たお客様からも好評な逸品です。
覚林坊の女将 樋口純子さんと、あけぼの大豆の生産や覚林坊のサポートをする小川貴志さんに、寺ビールの特徴や人気の秘密をうかがいました。
INDEX
寺ビールは3種類。山梨県産の出荷規格外フルーツを活用したカクテルビールも人気
-寺ビールは、お寺発のビールということで、はじめに覚林坊の特徴を教えてください。
身延山久遠寺は日蓮宗の総本山です。覚林坊は、日蓮宗11代目の行学院日朝上人によって開かれたお寺で、550年ほどの歴史があります。日朝上人は現在にも残る参道を整備したり、本山に通う学生や修行僧が使う教科書をすべて手書きで用意したり、大きな事業を成し遂げたそうです。
しかし、無理がたたって61歳のときに両目を失明してしまいました。「どうかまた目を開かせてください」と3年間祈り続けた結果、視力が回復し、さらに身延山の発展に貢献したという伝説があります。このことから、目と学業の神様としてまつられているんですよ。
現在、身延山久遠寺には参拝者が宿泊できる宿坊が約30箇所あり、関東随一の宿坊群と呼ばれています。その中のひとつが覚林坊です。
-とても古い歴史のあるお寺ですね。そんな覚林坊から生まれた寺ビールの特徴を教えてください。
寺ビールには、ホワイト(ホワイトビール)・レッド(ピルスナー)・ブルー(IPA)の3種類があります。
ホワイトビールは、飲み口が爽やかでフルーティーです。覚林坊の寺ビールで一番ベーシックなテイストです。
ピルスナーはラガービールですので、日本人にも馴染みのある味わいになっています。IPAはホップを多めに使っているため、強い苦みが特徴です。
また、瓶のラベルにもこだわりました。ホワイトの瓶には、覚林坊の門構えをイメージしたラベルを貼っています。
日朝上人が目と学業の神様であることから、レッドとブルーは「開眼ビール」というネーミングでラベルに目をデザインしました。2つ並べると目が開いている様子に見えて面白いですよ。
覚林坊では、山梨県産のフルーツを活用したカクテルビールも提供していて、インバウンドの方や女性に人気があります。
-カクテルビールは、どのような商品ですか?
山梨県の農家さんから出る出荷規格外となった「すもも」を使い、覚林坊内でフルーツソースをつくっています。それを寺ビールのホワイトに混ぜて、オリジナルのカクテルビールとして提供しています。
ベースのホワイトビールがフルーティーな飲み口のため「フルーツソースと合わせるとおいしいのでは?」というスタッフの発案で生まれたものです。商品化にあたってキウイや桃なども試しましたが、見た目や風味が一番良かったのがすももでした。
薄黄色のホワイトビールにピンク色のすもものフルーツソースを混ぜると、とてもきれいでかわいらしい色味になります。爽やかな味と見た目で人気がありますね。
提供する際のグラスには、富士山の形をイメージした三角形のものを使っています。寺ビールを注いだときに泡の部分が富士山の雪のように見えるので、すごく面白がってもらえますね。
カクテルビールは保存や色味の関係で瓶詰めできません。そのため、お客様が食事をされるときに注文を受け、その場でつくって提供しています。
覚林坊と農cafe ZENCHOでしか飲めないオリジナルカクテルビールですので、ぜひ身延山久遠寺へ来られた際には召し上がっていただきたいです。
-なぜフルーツソースに規格外のフルーツを活用しようと思ったのでしょうか?
山梨県はフルーツ王国で、おいしい果物がたくさんあります。しかしあるとき、パワーショベルで穴を掘って桃を埋めているところに遭遇したんです。「その桃、どうするんですか?」と声をかけたのがきっかけでした。
農家さんによると、昔は商品にならないB級品以下のものを引き取ってもらえるところへ持って行っていたそうです。現在は高齢になり、持って行くのが難しくなっていること、利益がほとんど出ないことから引き取り先がないものは処分してしまうとのことでした。
B級品以下でもおいしいフルーツなのに、食べてもらう機会がないものもあるという事実を知って本当に驚きました。「引き取り先がなければ私に分けてください」とお願いして、譲ってもらったのが始まりです。
それからは、果物農家さんと知り合うたびに「商品にならないものが出たら連絡ください」と声をかけ、ブドウやキウイをつくっている方ともご縁が結ばれています。
外国から来たお客様からの要望を受けて寺ビールを考案
-寺ビールをつくろうと思ったきっかけを教えてください。
コロナ禍以前から日本へ旅行に来た外国のお客様が宿泊されていて、食事の際にお酒を飲みたいという要望が多くありました。そのとき「日本でどこでも飲める大手メーカーのビールより、身延町ならではの地ビールはないか」という声も多かったんです。
お客様からの要望があるならつくってみたら面白いのではないかと思い、考え始めました。
お寺でビールを提供するのは、中世ヨーロッパの修道院を参考にしています。修道院では自分たちでビールをつくって販売し、運営をまかなっていた歴史があるそうです。国や歴史は違いますが日本のお寺も同じ宗教施設ですので、修道院にならって新しいビールを考えました。
また、久遠寺の門前町にはお酒の飲める飲食店が多くないところも、寺ビールをつくるきっかけになっています。
-いつ頃から寺ビールの提供を始めましたか?
2017年頃から提供しています。当初は覚林坊へ来たお客様が食事をされる際に召し上がってもらうスタイルだったので、瓶で持ち帰れる商品ではありませんでした。
瓶で販売することになったのは、コロナ禍で打撃を受けたのが大きいです。入国制限によって、インバウンドの宿泊も飲食も一気になくなってしまいました。
そこで、なにかしらの形で身延町や覚林坊と皆さまをつないでいける取り組みはないかということで、当時から人気のあった寺ビールを瓶で販売できるようにしたんです。
それが現在の寺ビールで、オンラインショップやお土産でも買えるようにしました。
-寺ビールを飲んだお客様の評判はいかがですか?
身延町ならではの「地ビール」と、お寺発の「寺ビール」がダジャレのようになって、ネーミングからインパクトを感じている方が多いですね。
味についても、とても好評です。先ほども話した、すもものフルーツソースを使ったカクテルビールは、飲みやすさと見た目の良さから、食事にプラスαの楽しみを提供できていると感じています。
お客様からの口コミが広がって「覚林坊と言えば寺ビール」という認知が少しずつ広がっているように思います。近隣の飲食店でも取り扱いに興味を持っているところもあるので、これから身延町を活性化させる商品として広がっていくと嬉しいです。
お客様の困りごとを改善し続けてきたのが人気の秘密
-外国から来たお客様も覚林坊へ宿泊されるとのことですが、割合はどのくらいですか?
直近で言うと、約9割は外国から来たお客様です。日によっては、全室が外国の方で埋まることもあります。
特に欧米のお客様が多いです。
-ほとんどが海外からのお客様なのですね。覚林坊が人気の理由はどこにあるのでしょうか?
海外から予約サイトを通じて予約をしてもらっています。そのサイト上で、覚林坊のランキングや口コミが高く評価されているのが理由のひとつです。
2016年頃には外国からのお客様が来られるようになって、何をするにも文化の違いでわからないと言われることが多かったんです。
そこで、お客様一人一人に対して困っていることを解決するように努めてきました。たとえば、トイレの場所やお風呂の使い方に英語で案内や注意書きを掲示するなど、要望をひとつずつくみ取って改善しています。
言葉が通じないときもありますが、それでも気持ち良く過ごしてもらうために精一杯、笑顔のおもてなしをしてきました。それが、予約サイトでの評価にもつながっていると思います。
また、予約サイトに口コミを書く場合には、お客様の母国語で登録してもらっています。これから来られるお客様が母国語で書かれた口コミを見れば、問題なく泊まることのできる場所だと伝わりやすくなるからです。
宗教や思想によって、ベジタリアンやヴィーガンのお客様も来られます。そういった方が過去に旅行した場所だとわかれば、より安心して来ていただけると思っています。
-覚林坊では日本ならではの、さまざまな体験もできるそうですね。
歴史のあるお寺に泊まれたり、精進料理をベースにした食事ができたりするのも体験のひとつです。
実際に自分の手や身体を使った体験ができるメニューも人気ですよ。
武田信玄が認めたという西嶋和紙の紙すきや、欠けた器を修復する金継ぎなど、地域ならではの体験もできます。
日本文化の体験コンテンツが豊富な点も、外国の方に喜ばれています。
身延町にブルワリーをつくり、山梨県産の素材を製造段階で入れた寺ビールを開発するのが夢
-今後、どのような方に寺ビールを飲んでもらいたいですか?
現在はインバウンドの方が中心ですが、地元の方々や山梨県内・県外問わず、多くの人に飲んでもらいたいです。寺ビールが身延町のことを知ってもらうきっかけになればと思っています。
町の活性化のためにも、小さくてもいいのでブルワリー(ビールの醸造所)をつくりたいという夢があります。今はフルーツをソースにしてから寺ビールと混ぜていますが、製造段階で配合したビールをつくれたらいいなと思っています。
製造段階でフルーツを入れることができれば、変色の問題で入れられなかった桃のビールもつくれるかもしれません。
出荷規格外になったフルーツだけではなく、身延町で収穫した野菜やホップを使ったビールも構想中です。なるべく山梨に目を向けたビールづくりで、お客様に楽しんでいただきたいですね。
-桃や野菜を使った寺ビール、ぜひ飲んでみたいです。最後に寺ビールを通した身延町への想いをお聞かせください。
覚林坊には外国からのお客様が毎日来てくださいますが、地域全体で見るとまだ広がっていません。以前から身延町に元気が出たらいいなと思ってきたので、地域活性化を進めていくひとつのツールとして寺ビールが貢献できたら嬉しいです。
現在は身延に酒蔵やビールの醸造所はありません。しかし、地域のものを飲んで楽しみたいというニーズの高まりは感じますので、身延ならではのお酒がひとつのキーポイントになるのではと考えています。
「寺ビールって面白いね。少し遠回りだけど身延山へ寄って行こうか」というように、寺ビールが身延へ立ち寄る目的になって、多くのお客様が来てくださったらいいなと思っています。
-樋口さん、小川さん、寺ビールの特徴や込められている想いなど、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
覚林坊へのアクセス
https://goo.gl/maps/UKJvKFpJJh35noCV7
▼覚林坊ホームページ
https://kakurinbo.jp/
▼寺ビールオンラインショップ
https://templebeer.thebase.in/