山梨県が「美酒・美食王国やまなし」のブランド確立に向けて、力を入れている。
10月27日には、県産の食材を使った美食を体験するツアーが開かれた。長崎幸太郎知事や美食顧問の齋藤孝司さん(※)を招き、視察や実食をしてもらう中で出た意見を取り入れ、さらなる向上につなげようという狙いがある。実食では、山梨県が開発したオリジナルサーモン「富士の介」や県産ブランド米である梨北産農林48号と武川コシヒカリを使った特別メニューがホテル鐘山苑(富士吉田市)で提供された。
豊かな自然の中で育まれた県産食材の品質に加え、食を通じた地域活性化を推進する行政サイドや生産者、料理人のこだわりと努力が同じ方向を向き、山梨の美食の価値を高めている。
(※)「鮨さいとう」(東京都港区)の店主・2023年3月に県の美食顧問に就任
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県産食材を使った特別メニューに一同舌鼓
10月27日昼、富士吉田市のホテル鐘山苑の和室に、県が独自に開発を進めた富士の介を使った多種多様な料理が並び、テーブルを彩った。
富士の介はキングサーモンとニジマスを掛け合わせた山梨県のオリジナルサーモン。きめ細やかな身質やほどよくのった上品な脂、豊かなうまみが特徴で食べやすさが魅力だ。
調理を手がけたホテル鐘山苑の調理部統括部長・宮下裕一さんは富士の介について「身がしっかりしていて大きい。 臭みやクセもなく、食べてみても口にうまみが広がりました。シンプルに調理してもおいしいと思いますが、調理のバリエーションに可能性を感じたので、色んな味を楽しんでもらおうと思いました」と語る。
その言葉どおり、焼き物といった 和食テイストに加え、コンフィやマリネ、オリーブオイルで食べるカルパッチョ風の柿昆布〆など洋風テイストも用意した 。味がクリアでうまみが豊富な、富士の介の食材としての幅を最大限に生かしている。
この日のために用意された特別メニューの献立は以下のとおり。
◆前菜
富士の介 焼浸し いくら卸し
富士の介 おかき揚げ
富士の介 マリネ キャビアクリーム
富士の介 紅葉玉子醤油漬け
春日井の鮎梅煮
蕪(かぶ)とマスカットすり流し
とんぶり豆腐 無花果(いちじく) 銀杏丸十桃煮 田楽味噌
◆椀
富士の介 潮汁仕立て 蕪 長葱
◆造里
富士の介 柿昆布〆 オリーブオイル
鮪(まぐろ) 寒八(かんぱち) 真鯛
◆焼物
富士の介 コンフィ 甲州ぶどうソース
根菜揚色々
◆肉料理
甲州牛ロースト
山梨県産コシヒカリ 八穀米リゾット
松茸と彩々きのこスープ仕立て
◆食事
梨北産農林48号と武川コシヒカリ
富士の介 はらす西京焼 酢立
赤出汁 富士の介新丈 なめこ
香の物
◆デザート
シャインマスカット フロマージュブランのパルフェ
巨峰のミルフィーユ
一つの魚だけでこのバリエーションの豊富さ。参加者は一心に箸を口に運び続けた。
料理が来るまでは賑わっていた和室も、食べ始めると終始静かな時間が流れた。時折、「あぁ、うまいなぁ」「本当にいろんな形で食べられますね」と声が漏れ、舌鼓を打つ。
中盤からは県産ブランド米の梨北産農林48号と武川コシヒカリが登場。ツヤがある白い粒は美しく、口いっぱいに甘みが広がる。富士の介の味わいを引き立て、満足感を増幅させた。
実食体験後、美食顧問の齋藤孝司さんは「富士の介は味がとてもクリアで食べごたえがあり、いろんな食べ方を楽しめた。お米も甘みがあっておいしい。今日は実際に来てよかったです。これはもっと多くの人に知ってもらいたいですね」と満足げに話した。
長崎知事も「県産食材のおいしさ、恵みをたくさん感じた。私たちはこの幸せをおすそ分けしていかなければいけない。山梨だから安心できる、おすすめできる。そういった食のブランドの確立にあらゆる努力をもって臨んでいきたい」と気持ちを新たにした。
県は美食ブランドの確立へ 生産者は「自然の恵みに感謝」
長崎知事がこう語るのには理由がある。
山梨県は県産の豊かな食材を使ったガストロノミー(美食)による地域活性化や魅力の発信をめざしている。
南アルプスのきれいな水、昼夜の温度差、澄んだ空気、四季折々の気候。日本で有数とも言える豊かな自然に恵まれた環境がある。ぶどうや桃といったフルーツだけではなく、品質の高い農畜水産物やワイン、日本酒の魅力を広く伝え、観光客や飲食業者の誘致を進めたい考えだ。
齋藤さんへの美食顧問の委嘱をはじめ、県内の飲食店や宿泊施設が県産食材を使用して創作した特別メニューと県産酒とを一緒に堪能できる「やまなし美食ウィーク美酒美食巡り」など美酒美食を体験してもらうような取り組みを続々と実施。東京からもアクセスが良く、リニア新幹線が開通するとさらに来やすくなることもあり、行政サイドとしてもブランド確立には熱が入る。
そんな中、以前から有名であったフルーツやワインなどに加え、近年、魅力の発信に力を入れているのが富士の介とお米だ。
海はないが、清らかな名水の地。水産にも適している。
富士の介は2007年に県水産技術センター忍野支所で実用化に向けた試験を開始し、2016年に水産庁から養殖魚としての利用が承認された。2019年の初出荷を皮切りに、現在では国内だけではなく、シンガポールなどにも流通している。県水産技術センターが生産した卵と、加熱加工された安全なエサで飼育し、出荷時の肉色や鮮度保持の方法などの基準を満たしたものだけが「富士の介」として出荷されている。
この日の体験ツアーでも、富士の介を生産する「富士吉田養鱒場」(富士吉田市)で実際に養殖されている様子を視察。代表の新井裕二さんによると、富士の介はデリケートな魚のため、やさしく丁寧に育てる必要があるという。
富士山に近い地の利を生かし、地下から湧き出る天然水を使って、富士の介を含めた15~20種類を育てる。日本国内では温暖化の影響で養殖が難しい環境に変わりつつある中、「富士山のおかげでその影響をあまり受けていないんです。自然の恵みさまさまです」と語る。
飼料選びや水に加え、新井さんが特にこだわっているのは、薬剤を極力使わない養殖だ。「とてもデリケートな魚ですから。山梨県が開発したオリジナルの魚なので、おいしさや食感を保てるように気を払っています」と話す。
一方のお米も、自然の恩恵を十分に受け、生産に適した環境で育つ。
米の大産地を抱えるJA梨北によると、北杜市や韮崎市は、昼夜の温度差が大きく、米の甘さを生む。また、標高が高いことから温暖化の影響を受けにくく、米の生産に適している。特に釜無川右岸の「武川筋」と呼ばれる一帯は、南アルプス甲斐駒ヶ岳のふもとで年中ミネラル豊富な雪解け水で育てられるため、「味・ツヤ・香り」の三拍子がそろっているという。今回の武川コシヒカリはこの地域限定品で、農林48号も多くがこの地域で生産された米だ。
生産者は増産よりも、おいしいお米を作ろうと工夫を続けながら栽培を続けているという。JA梨北営農部営農指導課長の竹之内良一さんは「水、土、空気、気候。自然の恵みをいただきながら、そこに農家の思いがこもっている。品質やおいしさは十二分です。県内だけでなく県外の人にももっと魅力が伝わってほしい」と話す。
最後の仕上げは料理人 地元の食材だからこそ、おいしく届けたい
県産食材やそれを使った美酒美食のブランド確立・魅力発信を進める行政、丹精込めて日々生産にあたる生産者、それぞれの努力のバトンを最後に受け取るのは料理人だ。
今回の美食ツアーで特別メニューを手がけたホテル鐘山苑の宮下さんもその使命を感じている。
「皆さまが、それぞれできることを尽力されて、出来上がった食材です。素材を吟味し、そのおいしさを引き出すように考えるのはもちろん、お客さまに食べていただく順番やどんな味つけでうまみを伝えるかにも気を配りました」
単においしい料理をつくるだけではない。コースで堪能してもらうため、ずっと同じトーンになって飽きられてしまうと、食後の印象も悪くなってしまう。その結果、和洋を折衷させたバラエティに富んだ冒頭紹介のメニューを創作し、参加者を最後まで楽しませた。
盛りつけから、味つけ、出す順番、細部の細部にまでこだわるのは、まさしくプロの姿だ。
富士吉田市で生まれ育った宮下さんは、21歳でホテル鐘山苑に入り、そこから30数年和食をメインに料理畑を歩んできた。富士山の近くに位置するホテルで、県外の観光客だけでなく近年では海外からのインバウンドも増えてきた。そのため、和食だけでなく、洋食についても日々勉強し、どうすれば一番おいしい形で食べてもらえるかを模索する。
地元の食材の良さはよく知っている。だからこそ、「山梨の食材や料理ってこんなにおいしいんだ、来てよかったなぁ、また来たいなぁ」と思ってもらいたいと願いながら厨房に立つ。
「山梨県の食の魅力を伝えていけるよう、これからも頑張っていきます」