270年続く酒蔵の創業家で初の醸造家 山梨銘醸・北原亮庫さん 「山梨だからこそ」を大切に、日本酒を通じて表現

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最終更新日: 2024.02.26

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270年続く酒蔵の創業家で初の醸造家 山梨銘醸・北原亮庫さん 「山梨だからこそ」を大切に、日本酒を通じて表現

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山梨県北杜市にある日本酒メーカー「山梨銘醸株式会社」の専務・北原亮庫さん(39)は、創業1750年の老舗創業家で初めて酒造現場に入った醸造家だ。サッカーで培ったストイックさと、自分自身の感性を大切にする姿勢で、様々な “挑戦” を続けてきた。

その功績は大きい。醸造責任者になった2014年にはいきなり老舗の味をガラっと変え、約7年で同社の日本酒製造量を倍増させた。また、2018年からは「年に一度の自己表現の場」として、県内に展示があるアート作品とコラボしたスパークリング日本酒をリリースしている。

山梨の自然や文化資本と対話し、その恵みに敬意を払って日本酒をつくるーー。人との縁も、山梨が繋いでくれた。「山梨だからこそ可能な、日本酒を通じた表現がある」と信じている。山梨が生んだ気鋭の醸造家に迫った。

※写真はいずれも山梨銘醸株式会社提供
山梨銘醸株式会社:https://www.sake-shichiken.co.jp/

創業家で初めて酒造現場に入った北原亮庫さん

地元の英雄・中田英寿に憧れたサッカー少年 醸造家を志した際の誓いとは

高校時代は全国大会にも サッカーで培った勝ちへの姿勢

「物心ついたときには、サッカーボールを蹴っていたそうです」

北原さんは、サッカーが好きだったという子どもの頃の自分をそう語る。

小さな頃からずっとサッカーをしており、高校は中田英寿選手に憧れて同じ山梨県立韮崎高校へ。ストイックに自分を追い込み、高校時代にはインターハイ出場も経験。サッカーに青春を捧げた。

「元々負けず嫌いだったのですが、サッカーを通じて『勝ちにこだわる』姿勢を教えてもらいました」

しかし、高校卒業間近になっても思い描いたサッカーでの道が開けず、この先の人生を考えサッカーに一区切りをつけることに。

高校卒業後は、東京農業大学の醸造科学科へ進学。兄がいることもあり家業を継ぐつもりはなかったが、小さな頃から酒や麹が身近にあったため、醸造について学ぶことは自然な選択だったという。

父からの1本の電話が転機 「やるからには極めよう」

大学2年生のとき、父から一本の電話があった。飲食店の経営や農業法人の設立など、事業を拡大していく上で「酒を造る現場を見て欲しい」との打診だった。

当時は焼酎ブームのさなかで「百年の孤独」や「魔王」といった人気銘柄が幻の焼酎としてもてはやされており、日本酒は時代遅れというイメージすらあった。

当初はあまり気が乗らず、前向きな返事ができなかったという北原さん。
しかし、実家が酒蔵というだけでちやほやされることも多く、ぬるま湯のような環境に疑問を感じていたともいう。

「酒造りをやってみようか」
「やるからには極めよう」

サッカーで培った負けん気が、北原さんの心に闘志を灯す。
大学卒業後、北原さんは家業である山梨銘醸株式会社に入社した。

入社後、北原さんはすぐアメリカに渡り、販売代理店で半年間営業のいろはを学ぶ。帰国後は岡山県の有名な蔵元「辻本店」で3年間、酒造りの修行をした。

醸造責任者に 「大改革」で孤立も諦めずに前を見た

創業家で初めて酒造現場へ

現場で日々研鑽を重ねる北原亮庫さん(左)

25歳、北原さんはついに山梨銘醸の酒造の現場に入った。

「創業家から現場に入る人間は初めてでした。酒造りの世界は保守的な考えの人が多いのですが、私は何を言われてもやるぞ、みんなに認められてやるぞ、と心に決めていました」

30歳で醸造責任者になり、社内の大改革をおこなった。
組織編成を変え、ラベルデザインを変え、酒質を変えた。

特に酒質の変更は社内でも心配され、一時は孤立したというが、北原さんは強い信念のもと断行した。

「当社を代表する日本酒、七賢はお客様の期待に応えることで種類が増えていきました。しかし、それによって “七賢の味とは何か” がわからなくなってしまったんです」

北原さんは、自分が七賢で表現したいことは何なのか考えた。
白州の清らかな水をお酒として体現し、七賢を飲んだときに、白州の自然を感じてほしい。

生まれ変わった七賢は、徐々に消費者に認められるようになっていった。

兄・北原対馬さん(左)は社長を務める。ともに、新しい山梨銘醸を築いてきた

水と向き合うため自ら山へ、日本酒作りで大切にしていること

醸造責任者となり新たな七賢を造りはじめたとき、北原さんは考えた。
七賢を飲んだとき、白州の自然や水の透明感、清涼感を感じてもらうためには、何をすればいいのか。

七賢に使っている甲斐駒ヶ岳の雪解け水は、地下水脈を通り、白州まで流れてくる。
水と向き合うには、まず甲斐駒ヶ岳と向き合う必要があるのではないか。

「山から水が流れてくるとき、山の石が天然のろ過装置の役目を果たしているんです。この石に含まれるミネラルの種類や量で、水の味が変わってきます」

まず、甲斐駒ヶ岳に行ってみよう。自分の目で甲斐駒ヶ岳を見てみよう、と思った。
黒戸尾根を通り、甲斐駒ヶ岳に登ってみて、北原さんは「この自然を守っていこう」と強く誓ったという。

「ふとした折に、甲斐駒ヶ岳の風景を思い出しています。精神的なものかもしれないですが、私にはとても貴重な経験で、大きな財産となりました」

中田英寿から言われた言葉に奮起 コンテスト表彰式の壇上で対面

さらに社内の理解を得るため、北原さんは国内外の日本酒コンテストに七賢を出品するようになった。

その中の一つ、「SAKE COMPETITION」は出品数世界最多を誇る、世界最大規模の日本酒コンテスト。このコンテストの実行委員の一人に、憧れの高校の先輩・中田英寿氏がいた。

「毎年出品していたので面識がありました。ですが、山梨のお酒がなかなか入賞しないこともあり、『応援したいけど、山梨の日本酒はまだまだだからなぁ』と同郷の身として、たびたびハッパをかけられていたんです」

またも負けず嫌いな北原さんの心に火がついた。研鑽を重ね続け、2017年、ついに栄誉を勝ち取る。

この年出品した酒「七賢 純米大吟醸 大中屋 斗瓶囲い」がSUPER PREMIUM部門で第一位を受賞。そして北原さん自身も、35歳以下の最上位受賞酒蔵に贈られるダイナースクラブ若手奨励賞を受賞したのだ。

北原さんは、ついに中田氏と壇上で並んだ。
北原さんは中田氏に評価されたことを、中田氏は山梨の日本酒が一位を獲得したことを、ともに喜んだ。

この「七賢 大中屋」は翌々年、中田氏が代表を務めるJAPAN CRAFT SAKE COMPANYの推薦により、ANA国際線のファーストクラスで提供されたという。

勝ちにこだわる姿勢がもたらした成果だ。

「勝つためにはどうしたらいいか」
サッカー少年時代に何度も自問し、トライし続けた経験は酒造りにも大きな影響を与えている

七賢EXPRESSIONシリーズで表現したいこと、県内展示作品にこだわるのはなぜ

七賢EXPRESSIONとは

日本酒と向き合い続け、軌道に乗り始めた北原さん。2018年からは、「七賢EXPRESSION」というシリーズをリリースし続けてきた。「EXPRESSION」の名の通り、このシリーズは北原さんにとって「山梨の醸造家としての一年に一度の表現の場」だ。

七賢EXPRESSIONシリーズに課している決まりは「その時にできる最上の日本酒を造る」「スパークリング日本酒にする」という2点のみ。あとは北原さんが自由に思いを描き、メッセージを込める。

2022年の七賢EXPRESSIONは、2006年醸造の古酒を仕込み水の一部に利用した。仕込み水を酒に置き換え、酒で仕込んだ酒を “貴醸酒” と言う。

「日本酒には、ワインのようなヴィンテージの概念がありません。でも、この大切に貯蔵していた大吟醸古酒に価値を持たせたいと思ったんです」

今まではリリースした年をその名に冠していたが、2022年に作ったこの七賢EXPRESSIONは、古酒を醸造した2006年を名前に入れ「EXPRESSION 2006」とした。古酒が価値を持ち、素晴らしい貴醸酒として生まれ変わった。

七賢EXPRESSION 2006

七賢EXPRESSIONでアートとコラボレーションする理由

この七賢EXPRESSIONシリーズのラベルには、山梨県内に展示があるアート作品とコラボレーションしているという特徴がある。2018年から2020年まではキース・ヘリングのデザインラベルだった。

キース・ヘリングは社会とのコミュニケーションの方法として、ニューヨークの地下鉄構内に落書きをしていたという。この “サブウェイ・ドローイング” が、自分の “一年に一度の表現” と重なった。

「酒蔵と同じ北杜市内に “中村キース・ヘリング美術館” があり、何度か訪れていたんです。若い頃から触れていたアートと自分の人生が自然に交わった、と思っています」

大好きな生まれ故郷・山梨で出合ったアート作品から感じたメッセージを大切にして、自分の日本酒を通じて伝えたい。その思いを大切にしている。

まさに「山梨だからこそ」できる日本酒であり、表現なのだ。

EXPRESSION 2006はミレーとのコラボレーション

「EXPRESSION 2006」のラベルに採用したのは、フランスの画家・ジャン=フランソワ・ミレーの「種をまく人」。この絵は山梨県立美術館に収蔵されている。

「種をまく人」は、ミレーが新天地を求めてパリ郊外のバルビゾン村に移住した頃に描いた絵。

「未来に向けて種をまくという気持ちから生まれる、力強さやエネルギーが感じられるお酒になったと思います」と、北原さんは満足げに語った。

大事なことは製造量じゃない

造ったお酒の量よりも「思いを込められる量」を大切にする北原亮庫さん

山梨銘醸の2022年の日本酒製造量は3,500石(約630,000リットル)。
北原さんが醸造責任者になってから、倍以上の製造量になった。

目標の4,000石は2024年までに達成できる予定だが、これ以上は増やさないという。

「たくさんの人に飲んでもらえるのは嬉しいことですが、多く造りたいわけではないんです。私の思いを込められる量はこれくらいまでだと思うので、これ以上は造りません」

製造量より、酒に込めた思いを大切にしたいと語る北原さん。
北原さんが造った七賢は、今日も人々の舌を楽しませている。

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