地球温暖化対策として、カーボン・オフセットが注目されています。カーボン・オフセットとは、日常生活や経済活動で、どんなに削減しようと努力しても発生してしまうCO2(カーボン)を、ほかの取り組みの削減分で埋め合わせ(オフセット)をすることです。
県土の約78%を森林が占める山梨県では、県有林内で行った間伐により吸収したCO2をクレジット化し、「やまなし県有林J-VER」としてカーボン・オフセットに取り組む企業や団体に販売しています。
ここでは、県有林の特徴や「やまなし県有林J-VER」の概要、実際にクレジットを購入している企業の取り組みを紹介します。これから環境に配慮した取り組みに力を入れていきたい方は、ぜひ参考にしてみてください。
INDEX
山梨県有林はFSC®森林管理認証を公有林では全国に先駆けて取得
山梨県有林は、県土面積の約35%を占めます。この県有林は、明治末期に山梨県で相次いで発生した大水害の復興に役立てるよう明治天皇から御下賜された森林が基となっており、一般に「恩賜林」と呼ばれています。
それから100年以上に渡って積み上げてきた森林管理の実績をアピールするとともに、持続可能な森林経営をグローバルスタンダードの視点からさらに推進するため、国際的な森林認証制度である「FSC®森林管理認証」を2003年に取得。
(FSC®C012256)
認証面積は全国1位となっており、公有林では山梨県が初めての認証自治体です。
山梨県ではFSC®森林管理認証の原則と基準に基づき、環境や地域社会に配慮した森林管理を行っています。
山梨県林政部 県有林課の金リーダーは、次のように話します。
「県有林の43%が、人の手で植えられた人工林です。人工林は間伐などの適切な管理をしないと木が混み合って細くなり、風や積雪などによる被害を受けやすくなります。
また、林内に光が届きにくく、下草や低木が育たないことによって雨などで地表の土砂が流れやすくなり、水を蓄える機能も低下してしまうのです。県有林では適切な管理を行うことで県土の保全に寄与しています」
伐採された木材は、FSC認証材として建築資材や木製品、紙製品などに活用されているそうです。
山梨県有林が地球温暖化の対策に。「やまなし県有林J-VER」とは
やまなし県有林J-VERは、やまなし県有林活用温暖化対策プロジェクトの一環で行われている取り組みで2011年から販売を開始。「オフセット・クレジット(J-VER)」は2008年に環境省が創設した制度で、2013年に現在の「J-クレジット制度」に統合されました。信頼性の高いクレジットとして企業や団体のカーボン・オフセットに活用されています。
「適切に管理されている県有林は、地球温暖化にも貢献できます。間伐によって吸収されたCO2量をクレジットとして発行しようということで、やまなし県有林J-VERが誕生しました」と金リーダーは話します。
やまなし県有林J-VERでは、持続的な森林経営をしている証明としてFSC®森林管理認証を活用。FSC®森林管理認証に基づき発行されたオフセット・クレジット(J-VER)の国内第1号となりました。
県有林のCO2吸収量として認証されたのは、26,168t-CO2。県有林内の約2,900haの人工林において2007~2009年度に実施した間伐により、2008年4月〜2010年12月に吸収されたCO2量です。これは、それまでに発行されたオフセット・クレジット(J-VER)のなかで最大の発行量となります。
発行されたクレジットからバッファ分を除いた25,383t-CO2について、2011年8月からやまなし県有林J-VERの販売を始めました。2023年3月末までに120件の企業・団体に購入され、10,489t-CO2がカーボン・オフセットに利用されています。
<やまなし県有林J-VERの販売実績>
金リーダーは「2030年度までに温室効果ガスを2013年度と比較して46%削減するという政府目標があります。そのため、環境への取り組みに興味を持つ企業が増えている体感はありますね。やまなし県有林J-VERへの問い合わせも増えている状況です」と、社会的な環境意識の高まりを実感しています。
購入されたクレジットの販売益は、県有林内の管理・経営に活用されているとのことです。
やまなし県有林J-VERを購入されたい方は、下記のページをご参照ください。
やまなし県有林J-VERを活用している企業事例(株式会社アミューズ)
やまなし県有林J-VERを活用している企業が多くあるなかで、今回は富士河口湖町西湖に本社を移転した株式会社アミューズの取り組みを取材しました。
同社はアーティストマネジメント事業を主軸にしており、ミュージシャンや俳優、声優、アスリートなど多様なアーティストが所属しています。アーティストのマネジメントだけではなく、映像作品の制作販売やオリジナルの舞台制作なども手がける、総合エンターテインメント企業です。
話をうかがったのは、本社アミューズ ヴィレッジで環境に関する取り組みの導入・推進に携わる齋藤さんと総務部の三宅さん、経営企画部 IR・サステナビリティ室の原さんです。山梨県を起点とした環境への取り組みや、やまなし県有林J-VERを導入した理由をうかがいました。
本社の「アミューズ ヴィレッジ」はホテルだった建物を有効活用
本社のアミューズ ヴィレッジは、もともとホテルとして活用されてきた建物や体育館をリノベーションし、2022年10月に完成。環境へ配慮することに重点を置き、残されていた家具などを再利用しています。
モノづくりやコトづくりを促進できる場所として、多目的ホールや撮影スタジオ、レッスンルーム、ジム、食堂などを施設内に併設しています。
「社員やアーティストの心と身体が健康になるような場所を意識した空間づくりをしています。また、会社で会ってもゆっくり話せない人たちがアミューズ ヴィレッジに集まることで、活発なコミュニケーションや新たなアイデア創出ができる場所です」と齋藤さんは説明します。
本社を東京から富士河口湖町西湖へ移転したのは、2021年7月のことでした。
かつてから山梨県は、アミューズの多くのアーティストがレコーディングなどでよく訪れていた縁のある場所です。コンサートやライブも盛んに行われている地域で、観光やレジャーも盛んであり、都心からのアクセスも1時間半と良好です。
豊かな自然環境のなかでアーティストや社員同士がインスピレーションや人間関係を育み、モノづくりを加速する新たな拠点として山梨県の西湖を選んだそうです。
本社移転をきっかけにして環境への意識が深まった
同社では、環境に関するさまざまな取り組みが行われてきました。たとえば来客用のペットボトル飲料の廃止、自社オンラインショップ「アスマート」において商品を梱包する際の緩衝材を環境に配慮したものへ変更するなどです。
もともと環境に配慮する社風は根付いていましたが、山梨への本社移転をきっかけにして、さらに意識が高まっていると言います。
「アミューズ ヴィレッジの目の前には西湖があり、自然を活用した新規事業も展開中です。日本で有数の自然環境から恩恵を受けて事業をさせていただいていることもあり、環境負荷を低減させる取り組みで還元していきたいと思っています。アミューズ ヴィレッジの大事なテーマのひとつが『サステナビリティ』です。移転をきっかけに、社内での環境意識の高まりを感じています」と原さんは説明します。
山梨県に還元できることを探して辿り着いたのが「やまなし県有林J-VER」
アミューズ ヴィレッジが完成した2022年10月頃から、環境に貢献できる取り組みの検討をスタート。風力やバイオマスで発電した電力を購入する方法なども検討しましたが「山梨でつくられたもの」に重点を置いて選定が進められました。
「山梨に直結しているものを購入したいと思っていたんですね。いろいろな取り組みが候補に挙がりましたが、山梨でつくっているものにこだわって絞り込みました。県主導で実施しているものはないか県庁に確認したところ、やまなし県有林J-VERと水力発電を教えてもらったんです。水力発電のほうは高圧電力にしか対応しておらず、低圧電力も使用するアミューズ ヴィレッジには合わないということで、やまなし県有林J-VERに決定しました」と三宅さんは当時を振り返ります。
「アミューズ ヴィレッジ内には山梨県産の木材を使ったエリアがあったり、社員やアーティストが間伐材のまきで焚き火をしたりしています。CO2をオフセットするのは目に見えませんが、身近な存在になっている山梨県の木を使った取り組みなので社内でも納得感がありました」と話しています。
本社で使用する電力の100%を、やまなし県有林J-VERでオフセット
やまなし県有林J-VERを導入したのは2023年4月。年間で排出が想定される250t-CO2をオフセットします。この取り組みにより、アミューズ ヴィレッジから排出されるCO2の100%を埋め合わせます。
「250t-CO2を月ごとに振り分けた数値が、ひとつの節電目標になっています。実際に使った電気量と毎月見比べながら推移を確認しています」と三宅さんは説明します。
アミューズ ヴィレッジでは、節電の取り組みとして下記に取り組んでいるそうです。
- 滞在人数が少ない場合は電気を消す時間を通常より早めたり、使用していないエリアは消灯に努めたりする
- 照明はタイマー設定を活用し、季節によって稼働時間をこまめに変えて必要な時間のみ稼働する
齋藤さんは「電気を全部つけるのが当たり前じゃないよねと社内で共有しています。利用する人が極端に少ない場合は、朝から電気や空調をつけない場所もなるべく増やそうと取り組んでいます」と話します。
今年度に入ってから3ヶ月間は、意識をより高めたこともあって電気の使用を抑えられています。
カーボン・オフセットだけではない!環境に配慮するアミューズの取り組み
やまなし県有林J-VERでCO2をオフセットする以外にも、同社では環境に配慮する取り組みがたくさん行われています。リノベーション前に残されていたものをアップサイクルし、新たな家具として活用しているところが特徴的です。
▼もともと施設内にあったピアノを机と椅子に変えて再活用
▼リノベーションした「TAI-IKU-KAN」
▼西湖で捨てられていた船も机に
▼クレーンゲーム機の筐体を活用したリモートブース
▼食堂から出る生ゴミを土に再生するコンポスト
意識的な取り組みによって、社員の皆さんが環境について考えるきっかけになっているそうです。
「東京では気づけないことも、アミューズ ヴィレッジに来ると改めて環境について考えることができます。自然環境がいい場所だからこそ、意識して考える良い機会をいただいていると思っています」と齋藤さんは話されました。
今後はアーティストの発信力や感動の力で社会を巻き込むことが使命
同社のサステナブルな取り組みについて、今後の展望を原さんにうかがいました。
「自然環境が豊かな素晴らしい場所を使わせていただいているので、まずは社員やアーティスト1人1人が地球規模で起きていることをより意識し、考えることができる土壌づくりに取り組んでいきたいです。環境をはじめとする社会課題に実際に触れ、自分たちで感じたり考えたりする機会をつくっていくことで、課題解決のための取り組みは加速できると思っています。
そして、私たちの強みであるアーティストを中心とした発信力を正しく使って、より良い社会の実現に向けて貢献していきたいです。
私たちが大切にしているのが『感動だけが、人の心を撃ち抜ける』というスローガンです。「感動」には、時代の空気や世の中の流れを変えていける力があると思っています。
エンターテインメント企業だからこそ、発信できる感動の力を使って誰一人取り残さない世界の実現にもっと寄与できるのではないか。そのような想いから、2023年7月には「⼀般財団法⼈みらいエデュテインメント財団」を設立しました。
これからもエンターテインメントを通じて、世の中の皆さんが環境やさまざまな課題について考え、行動につなげられるようなメッセージを積極的に発信することで、社会全体を巻き込んでいくことが私たちの使命だと感じています」
自社だけにとどまらず、山梨県や社会への貢献も考えた取り組みを進めるアミューズ。やまなし県有林J-VERだけではなく、さまざまな取り組みを実践していることがうかがえました。山梨県のものを使った新たな取り組みも検討中とのことです。環境に貢献し続ける同社の取り組みは勢いが止まりません。