「歩きづらい」 その違和感が社会を変える。山梨で加速した登山道DXの挑戦【小田急電鉄株式会社|板谷拓人さん】

イノベーション
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最終更新日: 2026.03.17
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「歩きづらい」 その違和感が社会を変える。山梨で加速した登山道DXの挑戦【小田急電鉄株式会社|板谷拓人さん】

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「やまなしイノベーションストーリー」は、山梨を舞台に未来を切り拓く挑戦者たちのリアルな声を通じて、地域発イノベーションの最前線と、その支援の舞台裏に迫るインタビューシリーズです。

山梨県では、革新的な事業に挑むスタートアップ等を後押しする「TRY!YAMANASHI!実証実験サポート事業」を展開しています。実証実験の場の提供から資金面の支援、さらには事業を進める上で欠かせない地域住民や事業者との調整まで、県が一体となって伴走する――そんな「共創」の姿勢が、多くの挑戦者を惹きつけています。

今回は、小田急電鉄株式会社デジタル事業創造部で「登山道維持管理DXシステム」プロジェクトを立ち上げた板谷拓人さんにお話しを伺いました。社内新規事業制度「Odakyu Innovation Challenge “climbers”」から生まれたこのプロジェクトは、登山者としての違和感を起点に、登山道の持続可能な管理・保全に挑むものです。板谷さんの社会課題解決へのまなざしと、イノベーションを磨き込むプロセスについて語っていただきました。

挑戦するなら自分が熱くなれるものを――それが山だった。

――はじめに板谷さんご自身の経歴について教えてください。

出身は兵庫県で、育ちは神奈川です。高校卒業後に小田急電鉄へ入社し、運転士として勤務しました。一方で、鉄道に関わる法律の教育や現場の業務改善など、「仕組み」や「やり方」を考える役回りを担った時期もあります。現場に身を置きながら、改善に関わってきました。

――もともと山がお好きだったそうですね。

そうですね。中学生の頃に登山を始めて、本格的にのめり込んだのは社会人になってからです。時間やお金に少し余裕が生まれ、行動範囲も広がり、神奈川から近いというのもあって、山梨の山にもよく行ってました。今振り返ると、山梨の乾徳山に登った経験が、改めて「山っていいな」と強く感じるきっかけだった気がします。

雨で侵食された登山道

――登山を続けるなかで、今回のプロジェクトにつながる課題意識が生まれていったということでしょうか。

これは登山者として感覚的な話なんですが、昔は問題なく歩けていた登山道が、だんだん荒れてきているなと感じるようになったんです。歩きづらくなっていたり、通行止めが増えたり。
登山道は山に入るための唯一のルートですし、山という観光資源としては重要なインフラです。その登山道が傷んでいくと、結果的に山に登る人が減り、周辺地域にも影響が出てしまう……。登山をしながら、そんなことを考えるようになりました。

――そこから社内新規事業制度「Odakyu Innovation Challenge ”climbers”」 への応募につながったのですね

既存事業や組織の枠組みを超えた、小田急電鉄社員の新たな事業創造へのチャレンジにより、イノベーションをリードする人材の育成とイノベーティブな風土の醸成を図る制度。

2023年の春頃、上司から「新規事業に向いていると思うから、やってみないか」と声をかけてもらいました。
正直、その時点で「自分が向いている」と確信していたわけではありませんが、挑戦するならば、私自身が本当に好きで、感情移入できるテーマでなければ続かないと思い、自然と「登山」が浮かんできました。なかでも、登山道は山に登るために欠かせない存在でありながら、管理の大変さや課題が表に出にくい領域です。そこに、自分なりに関われる余地があると感じました。

――板谷さんが企画した「登山道維持管理DXシステム」について教えてください。

登山道の点検や管理業務をデジタルで効率化する取り組みです。登山道の管理は、環境省や自治体などが担うことが多いのですが、現場では紙資料による管理や属人的な判断が残っているのが実態です。そこで、スマートフォンアプリやWebシステムを活用することで、現場で得られる情報を一元的に管理し、点検から事務作業までの一連の流れの効率化を支える仕組みをつくろうと考えました。
登山者としての経験と、鉄道の現場で業務改善に関わってきた経験――その2つが組み合わさって生まれたプロジェクトです。

県職員と一緒に山に登り、ヒアリングを重ねてシステムを精査

――山梨県との関わりは、どのように始まったのでしょうか。

1本の電話がきっかけでした。登山道の管理について相談したいと思い、山梨県庁にいきなり電話をかけたんです。いわゆる飛び込みですね。
正直、どこまで話を聞いてもらえるかはわかりませんでしたが、電話に出てくださった職員の方が、とても丁寧に話を聞いてくれて。その懐の深さに驚きました。

――そのやりとりが「TRY!YAMANASHI!」への応募へつながった……と。

登山道の管理について相談をしていく中で、山梨県の方から「新事業創出や成長を支援するTRY!YAMANASHI!実証実験サポート事業の枠組みがあるので、応募してみませんか」と声をかけていただいたんです。とはいえ、小田急電鉄という民間企業内の事業を行政のプロジェクトに応募してもいいのだろうか……という葛藤はありましたが、それでも思いきって応募し、嬉しいことに採択されました。

アプリを使って点検プロセスを実践する様子

――実証実験では、どのような取り組みを行いましたか。

まず意識したのは、登山道を実際に管理している現場の声を徹底的に聞くことでした。机上で考えたアイデアではなく、「現場では何が起きているのか」「どんなことに一番時間と労力をかけているのか」を知ることが何より大事だと思っていました。
そのため、県の職員の方と登山道へ足を運び、点検や管理の様子を見せてもらいながら話を聞いていきました。
会議室だけで完結するのではなく「一緒に山に入る」ことを当たり前にやってくれたのが印象的でしたね。開発途中のアプリも持参し、その場で使ってもらいながら「ここは操作しづらい」「この情報は現場では意味が薄い」など、率直で時には厳しいフィードバックもいただきました。
行政の立場として中立性は保ちつつも、形式的ではなく、人として向き合ってくれた実感がありました。

――実証実験を通じて、想定と違った気づきはありましたか。

当初は登山道そのものの状態改善に意識が向いていましたが、ヒアリングを重ねるうちに、運用面、特に事務作業の負担が非常に大きいという課題が見えてきたんです。点検結果をとりまとめ、関係部署と共有し、次の修繕につなげていく、その一連のやりとりは紙の資料が前提で、とにかく時間がかかっていました。

――そこから方向転換をされた、と。

現場だけを改善する部分最適では限界がある。登山道管理全体を支える仕組みをつくらないと、長期的な解決にはならないと感じました。
現場で得られる情報をデジタルで集約し、事務作業まで含めて効率化していく。その方向に舵を切れたのは、実証実験のなかで現場と行政の両方の視点を得られたからだと思います。

行政と民間が連携することで、よりよい仕組みが見えてくる

――山梨県の姿勢について印象に残っている点はありますか。

よそ者を排除せず、新しいアイデアや事業に対してオープンで、懐が深い。それは一貫して感じていました。
また、登山道を単なる管理対象ではなく、観光資源としてどう活かしていくか、という視点を持っている点も印象的でした。だからこそ、現場の課題と新しい取り組みを結びつける余地が生まれたのだと思います。実証実験サポート事業の支援者と被支援者というよりは、同じ方向を見つめるパートナー、あるいはプロジェクトメンバーに近い感覚でしたね。

このプロジェクトは山梨県なくしては成り立たなかったと思っています。制度だけでなく、人の関わり方そのものが事業を前に進めてくれました。実証実験を通じて「行政と民間がこういう関係を築ければ、もっと多くの社会課題に向き合える」、そんな手応えを得ることができました。

――スタートアップ的な新規事業にとって、その距離感は重要ですよね。

本当にそうだと思います。特に立ち上げ初期は「正しいサービス」をつくることよりも「正しい顧客理解」が何より大事です。
最初から完璧なプロダクトを作り込むと、あとから修正が効かなくなる。実証実験の段階では、むしろ未完成な状態で現場に持ち込み、フィードバックをもらいながら磨いていく方がいい。その意味で、山梨県の皆さんが現場に深く関わってくれたことは、サービスの質を大きく高めました。

――登山道をめぐる事業ならではの難しさもあったのでは?
そうですね。登山道はひとつの組織が一元的に管理しているわけではありません。環境省、県、市町村、場合によっては民間団体や山小屋など、複数の管理者が関わっています。
そのため、個別の自治体だけで課題を解決していくのはどうしても限界があり、登山道管理は構造的に難しいテーマだと改めて実感しました。だからこそ民間である小田急電鉄が入る意味があるのだとも思っています。

どうしても組織や部署をまたいだ調整には時間がかかります。その間に民間が入ることで、関係者を横断してつなぎ、全体最適の視点で仕組みを考えやすくなる。それは結果的に行政側にとってもメリットになるはずです。

登山道は文化。これを守り、次世代につなげていきたい。

――山梨県での実証実験を経てどのような成果を得られましたか。

サービスそのものが明確に改善しました。現場や行政の方々からのフィードバックを受けて、機能や設計を何度も見直してきました。その積み重ねがかたちになり、社内でも「きちんと前に進んでいる取り組み」として評価されるようになりました。
役員の前で説明をする機会もあり、実証を通して得られた手応えや将来の展開可能性について理解を示してもらえたのは大きな後押しでした。

――社外からの反応はいかがでしょうか。

山梨県での実証事例があることで、他の自治体とも話がしやすくなりました。「山梨でそこまでやっているなら」と、前向きに受け止めていただけるケースも増えています。ゼロから説明するのではなく、具体的な前例をもとに話ができる。その意味でも、山梨での取り組みは大きな意味を持っていると感じています。
登山道の管理は、全国どこでも共通する課題を抱えています。だからこそ、効率化のためのツールとして国内全体に広げていける可能性があります。今の目標は、このサービスを登山道管理の国内標準ツールへと育てていくことです。全国の登山道管理に携わる方に「これがあれば業務が回る」と思ってもらえる存在になりたいですね。

――競合について、どのように考えていますか。

競合他社が出てくること自体はむしろ歓迎していて、一社で独占しようとはまったく思っていません。この分野は、これまで明確な市場がありませんでした。言い換えれば「市場をつくるところから始めている」段階ですから、複数のプレイヤーが参入し、切磋琢磨することで登山道管理全体の底上げにつながる。その流れをつくれたらいいなと思っています。

――板谷さんがこの取り組みで目指しているものを教えてください。

単なる1つのサービスではなく、登山道管理を支えるエコシステムをつくっていきたいと思っています。行政、民間、現場の担い手。それぞれが役割を持ち、無理なく連携できる仕組みがあれば、登山文化を長期的に守っていくことができるはず。山梨での実証実験は、その第一歩でした。ここで得た経験をもとに、全国へ広げていく。登山道管理という社会課題に腰を据えて向き合い続けたいです。

――最後に、新規事業に挑もうとしている方へメッセージをお願いします。

正直、「こうすればうまくいく」と言えるほど新規事業は単純なものではありませんし、試行錯誤の連続です。何かをお伝えするというよりは、「一緒にがんばりましょう」という気持ちが一番近いですね。
新規事業をやっていて感じるのは、各分野で誰かが少しずつ新しい取り組みに挑戦していかなければ、社会は良くなっていかない、ということです。今、私たちの身の回りに当たり前にある仕組みも、すべて過去の誰かが時間と労力をかけてつくってきたものです。その積み重ねの上に今の社会がある。そう考えると、先人たちが築いてきた経緯や価値観を尊重しながら、時代に合わせてアップデートしていくことが大事なのでしょうね。
登山道も、まさにそうした存在です。長い時間をかけて人の手で整えられ、守られてきた文化があります。それを壊すのではなく、どうすれば次の世代につないでいけるか。その問いに対して、自分なりのやり方で向き合っていきたいです。

小田急電鉄株式会社について詳しくはこちら

文・皆川ちか、写真・朝岡英輔

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