太陽と水に恵まれた「美酒美食」の王国・山梨。この地のお酒といえば「ワイン」の印象が強いかもしれませんが、実はいま、山梨の「日本酒」が世界的に注目を集め始めているのをご存じでしょうか。2021年、山梨県は日本酒で地理的表示(以下、GI)を取得し、2025年には日本酒における「GI山梨」のVI(ビジュアル・アイデンティティ。ロゴや色使い、書体など)を刷新して、国内外に向けたブランド発信に取り組んでいます。
本記事では、山梨の日本酒の魅力やGI取得の背景、VI刷新からの今後の「GI山梨」ブランド展開について、山梨県酒造組合会長を務める天野怜さんにお話をうかがいました。
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産地の本質を、言葉とデザインに落とし込む。世界を狙う「GI山梨」日本酒リブランディングの全貌
INDEX
6つの水系が生み出す「多様性」、山梨固有の日本酒の強み

――まず、山梨の日本酒の魅力について教えてください。どのような個性や強みがあるのでしょうか?
山梨は国内のミネラルウォーターの産出量の約3割を占めるほど、水が豊かな地域です。その恵まれた水源を生かして、古くより多くの蔵元がこの地で日本酒造りに励んできました。
山梨の日本酒の最大の強みは、この水の「多様性」から生まれる、バリエーションの豊富さです。山梨は富士山・南アルプス・八ヶ岳という、日本中の誰もが知る山々に囲まれています。それぞれの山が異なる地質を持つため、麓に湧き出る水の成分や味わいがまったく違うんです。日本酒造りに使われる水源は大きく6つの水系に分かれており、各酒蔵がそれぞれ異なる水源を用い、その水の特性を最大限に生かすかたちで酒を醸しています。日本の酒造の多くは海にほど近いエリアに集中しており、水源も地域内で単一になりがちです。きれいな水が湧く場所は日本各地にあれど、これだけ多様な水源のあるエリアは、山梨のほかにありません。それぞれの水質に合わせた創意工夫を重ねているからこそ、各蔵元が唯一無二のストーリーを育んでいます。ひとつのエリアで、多様な地理的個性と歴史を持つ日本酒に出会えるのが、山梨の日本酒の大きな魅力だと考えています。
山梨の酒のクオリティを世界に証明する、誇りとしての「GI」

――山梨県は2021年に日本酒のGIを取得しました。このGIとは、どのような制度なのですか?
GIとは「地理的表示(Geographical Indication)」の略で、特定の産地に由来する品質や特性を持つ産品が、その産地名を独占的に名乗ることを国が認証する制度です。GIの認証を受けると、ほかの地域がその産地名を無断で使用しようとした場合に、国として使用を差し止めることができます。
この制度で商品ブランドを守っている事例としては、フランス・シャンパーニュ地方でつくられるスパークリングワイン「シャンパン」、イタリア北部の特定地域が原産のチーズ「パルミジャーノ・レッジャーノ」などが有名ですね。つまるところ、GIとは「その産地名は地域の共有財産であり、いち企業が独占して名乗れるものではない」という考え方を国が認証する仕組み……と言えます。
――日本酒GIの取得に動き出した背景には、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
山梨県は2013年に、国内でもいち早くワインのGIを取得していました。そこからGIという制度の持つ意義や効果を間近で見られたことが、大きなモチベーションになりましたね。
GIの取得を契機に、産地としての個性を明確に打ち出して、ブランドを守り、高めていく。そんな取り組みが広がっていく中で、「こうした流れに乗って、山梨という地域そのものが持つ魅力をきちんと整理して、私たちの醸す酒とともに世界に向けて発信していきたい」と考えて、日本酒でのGI取得に動き出しました。
――GI取得に向けて、具体的にはどのような準備を?
関係者を集めたワーキンググループを立ち上げ、約4年間かけて山梨の歴史や地理の研究をしてきました。哲学・歴史学・文化人類学などの専門家のもとを訪ね歩き、「なぜ私たちはこの場所で酒を作ってきたのか」「ほかの地域とどう違うのか」といった問いと、納得できるまで向き合い続けました。また、各水源の水質や各蔵が立地する場所の地理的な要素の調査・分析も丁寧に行って、申請に必要な情報を整理しながら、自分たちの醸す酒の個性を明確に語るための言葉を磨いてきました。このプロセスの中で、酒蔵全体が「山梨」というブランドを背負って日本酒をつくっていく——そんな覚悟と連帯が一層強まったな、と感じています。
なぜ、この土地で酒を醸すのか——歴史と地理と向き合った4年間

――GI取得のための研究や調査を進める中で、特に印象的だった発見は?
日本酒の味わいに、地理的な要因が大きく影響しているのがわかったことですね。たとえば、山梨は海がないので塩の産出が困難なエリアです。つまり、塩分をほかのさまざまな食材から補う必要がある。だから、味噌などをふんだんに用いた発酵食や、塩分濃度の高い保存食の文化が発達してきました。そして、こうした食文化に合わせるように、すっきりとした旨みを持つ日本酒が造られるようになったそうです。
このように、その土地の特性や歴史をひもといていくと、「我々の日本酒が〇〇なのは、山梨だから、この地域だから、こうなんだ」と、いろいろな因果関係が明らかになっていきました。さらにさかのぼっていけば、古くは縄文時代にすでに酒造りは始まっていて、自然信仰や山岳信仰とも密接に関わりながら、それぞれの酒造りが生まれる歴史につながって……と、掘れば掘るほど知りたいこともどんどん広がっていきました。
――そんな研究・調査を経て、山梨の日本酒における地理的特徴は、やはり「水」にあるという認識に至ったと。
そうですね。材料の核となる米はよそから運んでくることもできますが、水はそうもいきません。そして、米の味は人の手で多少コントロールできますが、水はできません。水という要素は、それだけ固有の授かりもので、だからこそ無二のブランドになる。今回の研究・調査を通じて、あらためて山梨の水が、世界に誇れるクオリティと歴史的・地理的多様性を持っているんだと実感できました。
酒は、水。「GI山梨」の日本酒が、世界中に届く未来

――GI取得後、山梨の日本酒を取り巻く状況に変化はありましたか?
GI取得以前は「ワイン県山梨」というイメージが県内外で強く定着していました。それが日本酒でもGIを取得したことで、ワインと日本酒の両方でGIを持つ全国初の県となり、山梨全体での発信の仕方も大きく変わったと感じています。現在は「美酒美県やまなし」というコンセプトのもと、ワイン・日本酒どちらも強い産地として打ち出せるようになってきましたね。
――GI取得を経て、直近では日本酒における「GI山梨」のVI(ビジュアルアイデンティティ)刷新にも取り組まれました。2025年に発表した新たなロゴマークと「酒は、水。」というタグラインには、どのような思いが込められていますか?
GI取得当初のロゴは、「山梨の象徴といえば富士山」という発想でつくった、御坂峠からの富士山の眺望をモチーフにしたものでした。しかし、それは南アルプスや八ヶ岳も擁する山梨の多様な魅力を表現しきれておらず、そして何より山梨の日本酒の核心である「水の良さ」が伝わらない……といった課題感があったんです。GI取得のプロセスを経て「水こそが山梨の根幹だ」という認識が深まったからこそ、その思いをしっかり届けるために、ロゴを含めたVIを作り直す必要があると判断しました。
VI刷新によって生まれた新しいロゴは、天然の水瓶とも称される6つの水系を象徴するために、六角の造形に6つの三角形を配置したデザインになっています。そして合わせて、山梨のアイデンティティを端的に、力強く表現する「酒は、水。」というタグラインも生まれました。山梨デザインセンターのセンター長である永井一史さんと、クリエイティブディレクターの渡辺潤平さんらのご協力のもと、山梨の地域性とブランドを世界に発信できる、力強いVIになったなと感じています。
山があるから水が生まれた。水があるから宝石が取れ、織物が栄え、そして酒が生まれた——山梨の産業の多くは、この地の山と水に根ざしています。だからこそ「水」を押し出すことで、山梨全体の豊かさを語ることができる。「日本酒、水、山梨のさまざまな産業」をつなげて、世界に向けて山梨をプロモーションしていく……このVI刷新には、そんな構想を織り込んでいます。
――「GI山梨」のVI刷新を機に、今後どのような形で山梨の日本酒のプロモーションを展開していきたいですか?
まず「水が最高にいい場所である」という土台をしっかり保守する体制を構築した上で、山梨の日本酒の良さを誰に対しても的確に説明できる状態を目指していきます。そして、10年後には「山梨は水の王国だ」と世界から認められるポジションを確立したいですね。
世界に目を向けると、水が乏しいからこそ葡萄が育ちワインができ、そこに宗教が結びついて、綿々と歴史が刻まれていった地域がたくさんあります。一方、山梨は豊富な水があるからこそ、日本の根底にある山岳信仰や自然観と結びついた独自の酒造りの文化が生まれてきました。そういった特異な歴史的文脈も正面から語れるようになっていって、ゆくゆくは山梨の酒をシャンパンに並び立つようなブランドにまで高めていきたいと思っています。

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産地の本質を、言葉とデザインに落とし込む。世界を狙う「GI山梨」日本酒リブランディングの全貌
文・西山武志、写真・中込 涼


