太陽と水に恵まれた「美酒美食」の王国・山梨。この地のお酒といえば「ワイン」の印象が強いかもしれませんが、いま、山梨の「日本酒」が世界的な注目を集め始めているのをご存知でしょうか。山梨県は2021年に日本酒で地理的表示(GI)を取得し、2025年にはそのVI(ビジュアル・アイデンティティ。ロゴや色使い、書体など)を刷新して、国内外に向けたブランド発信に取り組んでいます。
本記事では、このリブランディングプロジェクトの中心を担った3名——山梨県酒造組合会長の天野怜さん、山梨デザインセンター長の永井一史さん、クリエイティブディレクターの渡辺潤平さん——に、制作の背景から「酒は、水。」というタグラインに込められた思い、そして世界を視野に入れた今後の展望まで、縦横に語っていただきました。
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酒は、水。――「GI山梨」ブランドの立役者が語る、地域の魅力と世界への道
INDEX
「水の良さ」が伝わる新たなVIを求めて
――まず、今回の日本酒における「GI山梨」のVI刷新に至った背景を教えてください。

天野:自分が山梨県酒造組合の会長になったタイミングで「日本酒『GI山梨』を国内外に認知いただくために、リブランディングをしていくべきだ」と強く思うようになりました。GI取得までの調査・研究を通して、山梨の日本酒の強み、山梨という地域の素晴らしさを再確認でき
ました。そこで得られた知見や視座を反映した「GI山梨」のVIをあらためて策定し、本格的に山梨の酒のブランディングを行っていきたい……という狙いを持って、2025年に県の担当課を通じて、山梨デザインセンターに相談を持ちかけました。
――山梨デザインセンターとして、永井さんはどのような問題意識を持たれましたか。

永井:最初に天野さんから現状とやりたいことをお聞きしたとき、コミュニケーション全体を設計するという話以前に、「GI山梨」の認証マークがシンボルとしてうまく機能していないように感じました。ですから、はじめに「まずはこのマークを見直してみませんか」と提案させてもらったんです。
天野:まさに、私も同じような課題感を抱いていました。ご指摘いただいた旧来の認証マークでは、私たちが最も押し出したい「山梨の水の良さ」がなかなか伝わらないし、説明もしにくいなと感じていたんです。
永井:ただ、GIの認証マークの変更は前例がなく、調べてみるとそもそも変更を想定した規定も存在していなかったんです。国税庁への問い合わせの末、いくつかの手続きを経ればGIマークの変更が可能だと判明しました。そこから、マークの再考を含めたVI刷新に取り組むチームの編成に着手しました。
――制作チームの組み方については、どのようにお考えでしたか。
永井:前提として、なるべく山梨に関わりのある人に頼みたいという気持ちはありましたね。それで、コピーライティングを得意とするクリエイティブディレクターの渡辺潤平さんが山梨県北杜市に拠点を設けていることを知っていたので、これはちょうどいいと思って声をかけたんです。
渡辺さんとは以前、佐賀県の農産物ブランディングなどを一緒に取り組んできた実績もあり、その手腕に大きな信頼を置いている方です。今回は「GI山梨」という概念そのものをブランディングするという抽象度の高い仕事でしたが、渡辺さんならきっと山梨の歴史や地理的な魅力も汲み取って、いいクリエイティブをつくってくれるだろうと感じていました。
タグラインと認証マークに込められた力強さ、多義性、普遍性
――渡辺さんは、今回の依頼を受けた当初どのような印象を持たれましたか。

渡辺:うわさには聞いていたのですが、まず、あの多忙な永井さんが本当に山梨デザインセンターの仕事をやっているんだ……という驚きがありました。声をかけてもらって、久々に一緒に仕事ができることが素直に嬉しかったですね。
私は、数年前に都心から山梨に引っ越してきた身です。東京へのアクセスがよく、自然豊かで開放的な土地柄に惹かれました。いざ住んでみると、蛇口から出てくる水道水の美味しさに本当に感動したんですよね。しかも、近隣の酒屋で手に入る日本酒も多様でどれも旨い。そんな経験から「山梨の水はすごいな」としみじみ感じていたので、今回の依頼内容を聞いたときは、すごくモチベーションが高まりました。
――VIの根幹を支えるタグラインが決まるまでのプロセスについて教えてください。
渡辺:まず、日本酒についての理解を深めるために天野さんの会社にお伺いして、山梨の地形・水系・歴史に関するブリーフィングを受けました。スライドで約150枚ほども情報量があって圧倒されましたが(笑)、大学の授業を受けているみたいで本当に面白かったです。山梨の地形の成り立ちや、6つの水系がそれぞれ異なる個性を持つこと、そして山梨の6つの水系すべてでお酒がつくられていること……それらを聞いたときに、「これだけ水の可能性を語れるのは、山梨ならではと言えるのではないか」と思って、そこに切り込もうと決めました。
永井:地学的な話も図解付きで説明していただき、天野さんのブリーフィングがとても丁寧で分かりやすかったのが印象的でした。いいブリーフィングがあると、クリエイティブもつくりやすいですね。「水」というモチーフに迷わずたどり着いたのも、天野さんの深い理解と解説があったからだと思います。

――「酒は、水。」というフレーズはどのように生まれたのでしょうか。
渡辺:まず前提として、日本酒といえば「お米」、新潟をはじめとする米どころが強いイメージが世の中にあると思います。そこに、まったく違う切り口である「水」から日本酒を語ることで、新たな土俵をつくって戦おうと考えました。山梨のお酒は何を飲んでも、どんな食べ物に合わせても、すっきりと口当たりが良いのは知っていたので、水にフォーカスすることはすごく噛み合うなという肌感もありましたね。
そういういくつかの視点からコピーの開発を進め、永井さんと厳選して20案ほどを天野さんに提案しました。中でも「酒は、水。」というフレーズは、初期の段階から強く響く言葉だと思っていましたし、天野さんと永井さんの反応もよかったです。
永井:端的で短くて力強い。何か価値をひっくり返すときには、強い言葉の方がいいと思っていたので、「酒は、水。」がすごくしっくりくるなと感じましたね。初見で「これって何?」と引っかかって聞いてくる。もっとうまく言おうとすると、とたんに説明的になって、相手の耳からするりと流れてしまう。そこをショートカットして言い切っているところが、このタグラインの大きな強みになっていると思います。
渡辺:短くきっぱり言い切る潔さが、お酒の味わいの実感にも合っているなと。何より、まず相手に覚えてもらえないと、コピーの言葉は仕事をしませんからね。
天野:素晴らしい案がたくさんあったのですが、山梨のよさを一言で語り切ろうと考えると、他の県が絶対に言えないフレーズは圧倒的に「酒は、水。」だなと感じました。この言葉が世界に出ていったら、これまで過小評価されてきた山梨の日本酒の評価を大きく変えられるのではないかという予感もあって、最初にご提案いただいたときから心が躍っていました。


――新しいGI認証マークのデザインの制作においては、どのような議論がありましたか。
渡辺:認証マークのデザインは、アートディレクターの渡辺章子が担当したのですが、私からは「オフィシャルな雰囲気があり、シンプルで存在感のあるものにしたい」と伝えていました。6つの水系を端的に表現していて、その中の色彩で水の清らかさも表現できており、素敵なデザインだなと感じています。
永井:私も途中から見せていただきながらフィードバックをしてきましたが、完成形は力強い出来になりましたね。六角の造形に6つの三角形を配置し、グラデーションで山梨にそびえ立つ山々の個性を表現しながら、真ん中の白い部分が「水」という漢字に見えるようになっているんです。私は「いいシンボルは普遍性と多義性を持つ」と考えているのですが、このロゴはまさに複数の意味がうまく重なっていて、各蔵元がそれぞれの思いをこのマークに託しながらプロモーションができるだろうなと感じています。
大阪・関西万博での初お披露目、想像を超えた熱気と手応え

――2025年の大阪・関西万博にて、日本酒「GI山梨」の新たなVIを初めてお披露目するイベントを開催されたそうですね。当時のイベントの様子、来場者の反応はいかがでしたか。
天野:大阪・関西万博では山梨の日本酒についてのセミナーを2回実施し、そこで新しいタグラインとGI認証マークを発表しました。その後に山梨の水と地形、日本酒の特色についてのレクチャーを行い、最後に6つの水系で醸された日本酒をそれぞれ飲み比べする試飲タイムを設けて、参加者をもてなしました。新しいVIがあるおかげで、そこをきっかけに水についてのプレゼンが本当にしやすくなりましたね。
最初は堅い話かなと身構えていた方もいらっしゃいましたが、お酒を提供しながら話すうちに、どんどん会場の雰囲気がほぐれていくのを感じました。「説明だけで蔵見学をしたような体験ができた」「6つの水系をめぐる旅に行きたい」といった感想も聞けて、皆さんに伝えたいことが届いているなという手応えもしっかりとありました。

渡辺:私は現地で立ち会ったのですが、来場者の皆さんがどんどん気持ちよくほろ酔いになっていく中で、天野さんが楽しそうに山梨と日本酒の魅力をお話しされていて、なんだかすごく多幸感のある空間でしたね。半ば居酒屋みたいな雰囲気になっていましたが(笑)、自治体のオフィシャルなイベントであれだけ熱量のある場になったのは、すごいことだなと思いました。
永井:「VIから連なるメッセージが消費者にダイレクトに届き、場が盛り上がる」という実感が持てたのは、大きな収穫だったのではないかなと。万博に集まっていたような、多様な背景を持つ方々に広く通用したのであれば、これから日本中どこに持っていっても、きっと存在感を発揮していけると思います。
――VI刷新後のさまざまなプロモーション活動を通じて、「酒は、水。」というタグラインと新たな認証マークについて、どのような価値を感じていますか。
天野:このタグラインと認証マークがあると、組合員一人ひとりが水の話を語らざるを得なくなるんですよね。ミネラルウォーター産出量が全国の約3割であること、富士山・八ヶ岳・南アルプスそれぞれの水系が違う個性を持っていること——そういう山梨固有の地理的な魅力を、全員が同じ視座と熱量を持って語ることができるようになってきました。「我々がお酒の魅力を伝えることで、山梨が『水の王国』として認知され、世界に通用するブランドに成長していく」という大きな夢を、このVIがあれば現実的に追っていけるんだという手応えを、ひしひしと感じています。
水の持つ固有のストーリーが、日本酒と山梨を世界の舞台に押し上げる

――「山梨GI」の日本酒の今後の展開、将来の構想についてお聞かせください。
永井:地球の表面を覆うプレートの動きから数千年・数万年のスケールで日本酒が語れることは、「GI山梨」における圧倒的な強みです。それをうまく押し出していけば、もっと多くの人たちに山梨の日本酒の魅力、そして山梨自体の魅力に気づいてもらえるはずだと思っています。
山梨デザインセンターでは今、「文化的テロワール」という概念のもとで、山梨の固有性を深掘りしています。中でも「水」は山梨にとって最も重要な資源のひとつだと捉えており、今回のプロジェクトを通してその思いがさらに深まりました。今後は日本酒やワイン以外にも、宝石やテキスタイルといった山梨のさまざまな産業を「水」という視点でつなぎ、県全体のブランド力の底上げにつながるようなプロモーションを展開していきたいと考えています。
天野:直近では、ワイン業界最高権威の国際資格「マスター・オブ・ワイン」の資格保持者たちが集まるパネルディスカッションにて「日本酒と水」についてのプレゼンをする場を設けていただきました。国内外に「GI山梨」の魅力を発信する機会が増えてきています。これも、水の魅力を押し出した力強いタグラインと認証マークができたからこそのチャンスです。
実は、山梨の日本酒は世界のコンクールでの優勝歴があったり、とある航空会社のファーストクラスのメニューに採用されていたりと、すでに海外でも通用するポテンシャルがあるんです。しかし、これまではその魅力をうまく言語化できておらず、積極的なPRができていませんでした。これからは「GI山梨」のVIを掲げて、自信を持って全世界に向けて山梨の魅力を発信していきたいです。

渡辺:美しい水が日本酒の多様な味わいをつくり出したというストーリーは、世界中の人が共感できる価値だと思っています。「酒は、水。」という言葉が旗印になって、山梨の魅力がもっと日本中に、そして世界に広がっていったら、これほど嬉しいことはないですね。
山梨って、他県に比べると目立ちにくい自治体だなと感じていて。けれども、実際に住んでみると、コンテンツが本当に充実していて、面白い人もたくさん移住してきているんですよ。今回の新しいVIとともに山梨の日本酒が国内外に広がっていくことで、一緒に山梨の魅力も伝わって、もっとこの土地が賑わってほしいなと願っています。
永井:その土地の自然・歴史・文化が織りなす固有性こそが、今の時代に最も力強い価値を生み出す源泉だと思っています。今後とも山梨の「文化的テロワール」の深掘りをさらに進め、山梨が持つ唯一無二の魅力を丁寧に可視化していくことで、この地の産業全体を盛り上げていきたいですね。「GI山梨」の日本酒が、その動きの起点になってくれることを期待しています。
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酒は、水。――「GI山梨」ブランドの立役者が語る、地域の魅力と世界への道
文・西山武志、写真・中込 涼


