みなさんは、「農泊(※)」と聞いてどのような体験を思い浮かべるでしょうか? 農家に泊まって収穫を手伝う……そんなイメージをお持ちの方も多いかもしれません。しかし、山梨県の農泊はこうしたイメージとは一線を画すもの。「リフレッシュ農泊」と銘打ち、農村滞在によるストレス軽減効果をデータで可視化する新しいアプローチを、全国に先駆けて展開しているんです。そして今、このリフレッシュ農泊が、社員のコンディション向上を目指す企業の福利厚生として注目され始めています。本記事では、山梨でリフレッシュ農泊が始まった経緯や特徴、アクティビティの内容などについてご紹介します。
※農泊:農山漁村地域に宿泊し、その土地特有の食・自然・文化などの体験を楽しむ「農山漁村滞在型旅行」のことで、農林水産省が推進する取り組みです。
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農作業が福利厚生になる時代へ。山梨県が提案する「リフレッシュ農泊」体験レポート
INDEX
首都圏から気軽に参加できる、山梨の「リフレッシュ農泊」とは?
山梨県農村振興課が「リフレッシュ農泊」事業の推進に着手したのは、2022年のことです。その背景と趣旨について、農村振興課の担当・海平さんは次のように説明します。

海平:リフレッシュ農泊は、主に首都圏で働く人々を対象に、農作業体験や農村での宿泊を通じて日頃のストレスを解消していただき、コンディションを整えた状態で仕事に戻ってもらうことをコンセプトとしています。
山梨県では従前より、農村地域の活性化を図るため農泊事業者の支援に取り組んでいましたが、コロナ禍の影響で社会情勢が大きく変化し、農泊需要が低迷する状況となりました。こうした背景を踏まえ、農村地域の農家や事業者の事業活性化と所得向上を図るべく、企業向け農泊プログラムの開発の提案・サポートをするために生まれたのが、リフレッシュ農泊です。
山梨県は東京から特急でおよそ1〜2時間というアクセスの良さがありながら、全域に豊かな自然環境が広がり、中北、峡東、峡南、富士・東部という4つの地域ごとにそれぞれ特色のある多様な農業が根付いています。首都圏から少し足を延ばすだけで、非日常的な農村体験ができるのが、山梨の農泊の大きな魅力です。

リフレッシュ農泊事業の開始から4年間で、すでに14回のモデルツアーが実施されてきました。これらは「企業が社員に提供する福利厚生」にもなるよう設計されており、都内のさまざまな企業に勤める方々が参加しています。
海平:参加者の声を伺ってみると、1泊2日のツアー初日の昼に東京を出発して山梨でリフレッシュし、最終日のお昼過ぎに山梨を出て東京に戻り、夕方には出社して会議に出たという方もいらっしゃいました。都内にお勤めの方ならば、長期的な休みを取らずとも気軽に、自然豊かな環境下でしっかりとリフレッシュしていただけるのは、山梨だからこそ提供できる価値だと思っています。
福利厚生としての費用対効果が示せる? 研究者とのコラボで、農泊の効果を数値で証明
山梨県のリフレッシュ農泊の特徴として、順天堂大学大学院医学研究科研究員の千葉吉史さんとの連携が挙げられます。千葉さんは、農作業が人間のストレスに与える影響を長年にわたって研究してきた研究者で、2016年から調査を始め、これまでに1000人を超える農作業体験者のデータを分析してきました。ストレスケアに着目した農泊を事業としてかたちにしたのは全国でも山梨県が初めてで、千葉さんは当初からこのリフレッシュ農泊の取り組みの監修を務めています。

千葉さんの研究チームが活用しているのは、唾液によるストレスホルモンの計測方法です。これまで行われてきた髄液や採血による測定は身体への負担が大きく、脳波・心拍による測定は計測行為そのものが被験者のストレス要因になるという課題がありました。
千葉:唾液によるストレス計測は、被験者の負荷が小さく、精度の高い計測が可能です。この方法を農業に適用したのは順天堂大学チームが初めてなんです。コルチゾールなどのストレスホルモンだけでなく、オキシトシンという「幸せホルモン」の変化も測定できます。
山梨県のリフレッシュ農泊ではこの計測方法を導入しており、参加者たちのストレス値が体験前後でどのように変化したのか、どんな効果があったのかを分析し、ツアー終了後に皆さんに開示しています。これまでのデータからは、農作業未経験者が1回の体験でストレスホルモン値が大きく低下するケースが確認されているほか、その効果が体験後も一定時間持続することも明らかになっています。

精神疾患が生む社会損失が年間約8兆円と推計される現代、メンタルヘルスへの予防的なアプローチは企業にとっても無視できない課題です。千葉さんは、山梨県が展開するリフレッシュ農泊を福利厚生に取り入れることの意義について、次のように考察しています。
千葉:企業が福利厚生として農泊を導入する際、経営層を説得するには費用対効果を示す必要があります。山梨のリフレッシュ農泊で導入しているような測定方法を用いれば、「従業員のストレスがどれだけ軽減されたか、免疫機能がどう改善したか」を具体的な数値で示すことができます。農泊の効果を「なんとなく良かった」ではなく、科学的根拠を持ったデータで示し、投資対効果として経営層に提示できるため、企業でも導入が検討しやすいのではないでしょうか。
研究者目線で見ても、山梨県にはストレスケアに最適な要素が整っていますね。東京からのアクセスが容易でありながら、風光明媚な自然に恵まれており、副交感神経を優位にしてストレスを緩和するのにとても向いている地域です。リフレッシュ農泊のような事業を展開するのに、もってこいの環境だと感じています。
農作業だけじゃない。心が躍る、5つの人気アクティビティ
農泊において、参加者が自分の興味・関心に合ったアクティビティが盛り込まれたツアーを選べることは、リフレッシュ効果を高めるうえでも大切なポイントです。山梨県のリフレッシュ農泊では、農作業・料理・クラフトなど多岐にわたるアクティビティが提供されています。ここでは、参加者からの評判が高く、山梨ならではの魅力が光る5つの体験をご紹介します。
フルーツサンド・ピザ・パフェづくり

フルーツ王国としての山梨の魅力を存分に味わえる体験です。ぶどう・もも・いちごなどの旬のフルーツをその場でカットし、色のバランスや重ね方を考えながら仕上げていくプロセスは、料理というよりも創作に近い感覚。参加者からも「自分の好きなフルーツを好きなだけ組み合わせてパフェがつくれる、夢のような体験で大人でもワクワクできた」という声が届いています。グループで参加するとそれぞれの作品に個性が出て、見比べながら一緒に食べるのもこのアクティビティならではの楽しみです。
野菜の収穫体験

スーパーで見慣れた野菜だけでなく、少し珍しい品種と出会えるのも山梨の農園ならではの楽しみです。収穫した色とりどりの野菜を、ワイン豚や甲州牛といった山梨ブランドの食肉とともにバーベキューで味わえば、達成感とおいしさが重なって格別の一皿に。また、収穫体験を提供している事業者の中には都市圏から移住して農業を始めた方もいて、農業や地方移住に関心を持つ参加者にとっては貴重な情報収集の場にもなっています。「農家の方との距離が近く、人の温かさを感じることができた」「よく知っているはずの野菜が畑でどんな風に育っているかを初めて目にして驚いた」など、参加した方からの感想も多くいただいています。
ほうとうづくり

山梨を代表する郷土料理・ほうとうづくりを、粉をこねるところから体験できます。生地をのばし、切り分けて作った麺を、地元の野菜とともに鍋でじっくり煮込んでいく工程は、作業そのものがゆったりとしたリズムを持っています。「野菜を切る、粉をこねて麺をつくる、火を起こす、煮込むなど、いろんな工程があるので飽きずに役割分担しながら取り組めた」という参加者の感想が象徴するように、自然な役割分担とコミュニケーションが生まれやすいのが、ほうとうづくりの特徴。企業研修やチームビルディングの場としても活用できます。
ドライフラワーアレンジメントづくり

園芸農家から届けられた季節の花々を手に、思い思いのバランスでアレンジメントをつくります。参加者からは「好みの植物を選んで束ねるだけかと思いきや、色の組み合わせや配置のバランスなど意外と奥が深い」「大人になるとものをつくる機会がなかなかないので楽しかった」といった声が上がっており、夢中で手を動かすうちに日常のあれこれが遠ざかっていきます。ドライフラワーなので作品は長持ちし、帰宅後も自宅に飾り続けることができます。農泊のリフレッシュ効果を、日常の空間へと持ち帰れるアクティビティです。
しめ縄づくり

お正月に飾るしめ縄を、素材を集めるところから体験できます。このアクティビティを提供する事業者が位置する北杜市は、「梨北米」の産地としても有名で、米を収穫した後の稲わらがしめ縄の素材として使われます。里山に色づく実を好みで選びながら、自分だけの一本をつくり上げるひとときは、手先を動かしながら無心になれる時間です。「しめ縄を自分でつくるという発想自体がなかった」「稲わらを水に浸して柔らかくし、叩いてからねじるという工程をいちから体験できて良い思い出になった」「迎えるお正月が一層楽しみになる体験だった」などという参加者の声からも、日本の文化と季節の巡りを手仕事で感じる豊かさが伝わってきます。
リフレッシュ農泊が描く、これからの福利厚生のかたち
企業の福利厚生としての需要が高まりつつある、山梨県のリフレッシュ農泊。今後は現状の多様なアクティビティの良さを生かしながら、さらに多くの方々の受け入れが可能になるように、運営の体制を整えています。

海平:企業側のニーズを受け入れられるようにするために、2025年から複数の事業者が連携して1つの農泊プランを共同で構築する新たな取り組みの支援を始めました。これにより、宿泊施設を持つ事業者と体験メニューを提供する事業者が組み合わさることで、それぞれの強みを生かしながら、企業側のニーズに合わせてより充実したプランを企画できるようになります。また、複数の農泊事業者が提携することで、大人数の受け入れも柔軟に対応できるような体制を整えているところです。
参加者が自分の関心に合ったアクティビティを選べる多様なメニュー、首都圏からのアクセスの良さ、心からリフレッシュできる豊かな自然環境――これらがそろう山梨県の農泊は、福利厚生のプランを考える企業担当者にとっても、魅力的な選択肢となるはずです。

海平:山梨県としては今後も引き続き、企業で働く方々に向けたリフレッシュ農泊の推進に注力していきます。将来的には事業者同士の連携をより強化して、県内の複数エリアを巡るツアーなども手がけていけたらなと考えています。山梨は大きく4つのエリアに分けられるのですが、それぞれ違った魅力を持っているので、ぜひ参加者にいろいろと巡ってもらって、新たな山梨の魅力を感じてもらえたら嬉しいですね。
山梨のリフレッシュ農泊は、季節や地域によって体験できるアクティビティが異なります。来るたびに、きっと新たな発見があるでしょう。ぜひ一度、リフレッシュ農泊に参加して、山梨の農村へ足を運んでみてください。きっと、あなたの心と体を癒し、そして動かす体験が待っています。
▼関連リンク
・リフレッシュ農泊リーフレット
・山梨県の農泊推進について
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農作業が福利厚生になる時代へ。山梨県が提案する「リフレッシュ農泊」体験レポート
文・西山武志、写真・林 ユバ、一部山梨県農政部提供


